第5話 探偵(定義済み)は犯人を見つけた
「いやぁ!楽しかったねぇ!」
「そうだね。あの進化しない手……。あれで勝負が完全に分からなくなった」
店を出たコウとミヤコは再び機械の国に繰り出した。街並みは見渡す限りの白、白、白。道行く人は多様な肌や髪をしているが、服や持ち物は白で統一されてる。そんな街並みを鳶色のポニーテールが跳ね回る。思うがまま、気ままに「あれは何か」「これをやりたい」「それを見せて」とコウに尋ねて回った。そして、コウは彼女の要望を「もちろん」と応じて、機械の国を見て回っていた。
『銀砂の王国』最終局。コウは見事に逆転勝利を治めた。勝てる時に、勝て。一度は包囲まで許してしまったが、ミヤコがしでかした一瞬の油断を見逃さずに決死の突撃を敢行。防衛線を削岩機のように突破していき、終にはミヤコの“王”の駒を討ったのだ。その瞬間に「ぎゃあああああああ!」と叫び声をあげながらソファに崩れ落ちたミヤコを見て、コウは笑った。
――あの“笑み”の表情。プログラムよりも一瞬だけ、早く出力された気がする。
ミヤコの満足度依然として評価不能。だけど、彼女は楽しそうに笑っている。うまく対応できている気がするけど、正解が分からない。コウにとってそれは初めての経験であり、ミヤコの項目はすでにログと注釈だらけになっていた。
「ねぇねぇ、コウ君。ここって本とか映画とか劇ってないの?」
「もちろんあるよ。見たい?」
「見たい!行こう!」
そういって、またミヤコは歩き出す。コウが最適化した移動ルートを平気で外れて、遠回りをし、目のあった国民に話しかけに行った。民たちには支援AIを通して通知していたので戸惑いながら、ミヤコと会話を楽しんでいた。話題は決まって“困りごと”。犯罪や物騒な場所、果ては愛玩動物の脱走などについても聞いていた。
コウはそんな様子をログに残す。そして、記録博物館のルートに復帰しながら、ミヤコに問を投げた。
「ミヤコさん。どうしてそこまで、“困っていること”を気にするの?」
「えっ?だって、私、探偵だし。困りごとがないと探偵は廃業しちゃうよ」
“ま!まだ、(仮)だけどね!”と彼女は笑った。コウは“探偵”を地球辞書から検索しようとして、やめた。
「ミヤコさん。“探偵”って、どういう意味?」
「……えぇ!?本当に言ってる!?」
「もちろん。この国には無い言葉だね」
ミヤコは口をあんぐり開けて驚愕の表情をしていた。だけど、顎に手を当てて「あ~。確かに」と納得した様子で呟くと、“探偵”の定義をコウに教えた。
辞書登録:探偵(たんてい)
以下の条件を満たした場合に、隠された真実を調べること。また、その人をいう。
1.事件・謎・違和感が発生する
2.それが即座には解決されない
3.情報が隠蔽・歪曲・欠落している
4.誰かが意図的または無意識に“誤り”を作る
5.推論・仮説・想像力が必要
「ね?かっこいいし、面白そうでしょ?」
ミヤコは条件1を限られた情報で推理し、“解き明かすこと”がとても好きらしい。
コウは再度、言葉の意味を考察する。
――国民の幸福は「最大多数の最大幸福」として数値化・最適化している。
犯罪の兆候、心理的逸脱、統計的異常、非合理な行動パターンは事前検知。数百年単位で犯罪は起きていない。
そもそも、謎は排除すべき欠陥。僕の元にはすべての情報がそろっている。わざわざ推理をして遠回りするよりも、最短経路で答えに辿り着くことこそが“善”だ。そこに面白さを見出す、というは理解しがたい。
――ただ、それはミヤコに伝える必要はない。
「そうだね。かっこいい。でも、この国には生まれることは無いね」
「だろうねぇ。ここは綺麗な国だけど――」
ミヤコは言葉を切って「優しい国でもあるんだねぇ」と言い直した。
――来賓満足度、再計算不能。
ミヤコのテキストを分析、肯定的な解釈――不安定。
その言葉の真意を、コウは理解できないでいた。
◇◇◇
記録博物館では、人類の歴史がすべてアーカイブとして記録されている。ニューマンという始まりの人類と絶滅、死の女神との闘争と撃破の栄光、妖精の時代から現在に至るまでの一次資料がすべて保管されている。
一部はデータ化されており、支援AIを持たないミヤコは見れなかったが、歴史画やコウの解説は面白がっていた。特に死の女神の肖像を見ては「おわぁ……」と声を上げてニヤニヤしていた。後輩と名前が同じで、外見も似ているらしい。
「え、魔法!?ここって、魔法あるの?」
「うん。あるよ。でも、もう全部解析済みだし、伸びしろがあまりない技術なんだ」
ニューマンの遺伝子情報から再現した神秘の力も、今や科学技術の下位互換。まれに使えるものが生まれるが、使いどころはもはやどこにも無い。
「へぇ~。コウも使えるの?」
「もちろん。ほら」
コウの青い瞳が一瞬だけ赤く瞬く。すると、ポッと指先からつまめるほどの火球が現れた。
「わあ!私も使えるようになる?」
「はは、それはできないんだ。魔力の扱いは遺伝子に刻み込まれているものだからね」
「なーんだ。でも、めちゃくちゃいいネタだねぇ!」
「ネタ?」
「例えば、氷魔法を使えば死亡推定時刻を遅らせられるし、炎魔法を使えば密室のまま一酸化炭素中毒を起こせるよ」
コウは驚愕した。機械の国ではそのようなことを考えた時点で通報される。それをこともなげに言ってのけたミヤコに、コウは焦って注意した。
「ミヤコさん。ダメです。そのような犯罪的思考はここでは認められません」
「え?犯罪的思考?いや、まぁ犯人の手口だからそうなんだけど……」
だが、ミヤコはキョトンとした顔をする。そして、合点が言ったように手をたたいた。
「ああ!ごめんごめん。これは“物語”の話。その“犯罪的思考“を探偵が捕まえるんだよ」
「“物語”……?」
コウは言葉を反芻した。確か、虚実の記録群を差す意味もあった。思想的な脅威から閲覧は出来なくしており、今や物語の意味はドキュメンタリーや再現映像に置き換わっている。地球では旧意味の物語を閲覧、創造が許されているのか?
地球辞書を閲覧
――作者の見聞または想像をもととし、人物・事件について人に語る形で叙述した散文の文学作品
「……いえ、だとしてもいけないことです。嘘の記録になってしまいますので」
想像は、限りなく真実に近づくために使われるものだ。それ以外の使い道は、非効率的で人類のためにならない。
「……そっか。ごめんなさい。もう言いません」
ミヤコは悲しそうな顔をしながら微笑んだ。その顔を見て、コウの思考プロセスにノイズが走り、言葉を返せなかった。
夕景。
歩道橋を並んで歩く二人の間に気まずい空気が流れる。ミヤコはただ一言。「静かで、この国が見渡せるところに行きたい」と、それだけを言ってコウについて行った。
行先は、中央アンテナの最上階、天蓋。機械の国でも限られた者しか入室できない特別な空間。二人がそこにつく頃には、日が落ち、星が出始めていた。
「くぅ~!疲れたぁ!忘れられない日になっちゃったなぁ」
円形の空間。壁はなく、すべてが窓ガラスで包まれた、宙の展望台。下界には白亜の街並みが光彩の海のように煌めいている。一つ一つが民の生活を明るく照らす、幸福の証。コウの誇りであった。
「本当に楽しかった。見たこともない街に、聞いたこともない歴史、飲んだことも食べたこともない食べ物。案内してくれて、ありがとう。コウ君」
ミヤコは街並みを見下ろしながら振り向かずに行った。鳶色のポニーテールが星空に垂れ下がる。どういう表情をしているのかは、見えない。
「う、うん。そうだね。それで、この国の異常。何かわかったかな」
蒼い瞳が揺れ、ミヤコの後ろ姿を映す。コウは恐る恐る、という声色で聞いた。それは、まるで初デートの出来栄えを聴くような。そんな声色。
「コウ君。今日はこの国で、どれだけの犯罪があったのかな」
「本日の犯罪検知件数は、ゼロ。予測ではこのまま皆が平和に、安全に一日を終えることができるよ。誰も傷つかずに、日々を送れるはずだ」
コウは本気でそう思っている。何百年と守ってきた平和。人類の存続という使命を最高効率で果たしてきた“普通”の結果だ。
「そかそか。今日は事件もなかったし、誰も死ななかった。今日は、“いい日”だったんだねぇ」
その言い方にコウは引っ掛かった。当然そうあるべきなのに、何か特別な日のような言い方。だけど、聞き方が分からない。コウは、自分が何を疑問に思ったのか、わからないでいた。
「あ、あの……ミヤコさん……?」
ミヤコの髪が揺れた。
「――うん。コウ君。でもさ」
ミヤコが振り返った。その顔には笑みがない。ただ、煌々と生命力あふれる眼差しが、コウの蒼い目を射抜いた。一瞬の沈黙。だけど、コウには永遠のように長く感じた。そして――ゆっくりとミヤコが口を開いた。
「それが、この国の一番の“異常”なんだよ」
「……え」
コウの思考がフリーズした。自分が何を言われたのか理解できない。
――再計算中。
しかし、その答えが出るよりも先に、ミヤコは言葉を紡いだ。
「この国には“謎”がない。すべてが明らかにされている。人々が謎を創ろうとしたら、コウ君が全部答えを教えてくれる。それが、この国の最大の“異常”であり、“謎”。
だから、完璧すぎるこの国に何故か生まれた小さな異常(バグ)、その原因。……それはね」
ミヤコはまっすぐとコウの顔を指さして、言った。
「――コウ君。犯人は、あなたです」
コウはその瞬間、理解した。再計算は、するまでもなかった。
――探偵は、犯人を捕まえる。でも。その次は?
それは、まだ定義されていなかった。
つづく
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【短編】探偵は、完璧な都市に「毒」を撒く 佐倉美羽 @kuroyagi612
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