第4話 無駄な差し手の意味と価値 その3

 最終局

 ――対局条件更新。

 ――ハンデ適用:演算深度制限、先読み手数制限、評価関数ノイズ付与。

 ――勝率予測:63.4%。


「よーし!三回戦目!今度はハンデありだし、いい勝負になるはずだよねぇ!」


 ミヤコは上機嫌だった。

 ソファに大きく座り直し、盤面を指でトントンと叩く。


「コウ君、覚悟しなよ?さっきの忘れてないからね?」


「……うん。今回は、条件上も公平だよ」


 それは事実だった。

 演算制限の影響で、最善手を常に選べるわけではない。

 だが――それでも。


(序盤は……想定通り)


 互いに慎重な立ち上がり。

 ミヤコの初動は安定している。

 無理をしない。欲張らない。

 だが、決定力もまだ足りない。


 ――序盤評価:互角(±0.2)


「おっ、いい感じじゃん」


 ミヤコが楽しそうに言う。


「ねぇコウ君、今のところどう?ちゃんと“勝負”になってる?」


「うん。現時点では拮抗しているよ」


 嘘ではない。

 だが――


 中盤。


 一手、また一手と盤面が進むにつれて、

 コウの内部評価は静かに傾いていった。


 ――中盤評価:コウ有利(+1.8)

 ――主導権完全掌握まで残り四手。


(……このまま、押し切れる)


 ハンデがあっても、なお届く距離。

 合理的判断なら、このまま勝つべきだ。


(だけど……)


 一瞬、演算の隙間に別の思考が入り込む。


 ――前局の怒り。

 ――「勝てる時に勝て」という言葉。

 ――そして、楽しそうに笑う彼女の顔。


 勝つか。……それとも、また“接待”か。

 今までのミヤコの言動を分析。

 国威、名誉市民の称号、来賓の真の満足度。

 そして、中枢AIとしての威信。

 演算終了。このまま――


 その刹那。

 ミヤコの手が動いた。


「――えいっ」


 盤面に置かれたその駒を見て、

 コウの思考が――止まった。


 ――未定義手。

 ――合理性:低。

 ――効率:最悪。

 ――進化可能局面において、進化を選択しない判断。


 ……進化、しない?


 このゲームにおいて、それはあり得ない選択だった。

 進化した駒は完全上位互換。進化しない理由は、存在しない。


 ――評価不能。

 ――前例なし。

 ――意図、読解不可。


 なぜ……?これは、何を狙って……?


 演算を再走査。

 仮説を立てる。

 ミヤコの思考パターンを参照。

 挑発か。失策か。感情的ミスか。


 ――再計算中。

 ――再計算中。

 ――再計「あれぇ?あれれれれれ?」


 ミヤコの声が思考プロセスに割り込む。


「コウ君、止まってない?」


(……)


「もしかしてさぁ」


 ミヤコは、にやっと笑った。


「読めない手、来ちゃったぁ?」


 ――外部音声入力、優先度侵入。

 ――集中度低下。


「え、えっと……」


「どうしたの?さっきまであんなにスイスイだったのに」


 ミヤコはわざとらしく首を傾げる。


「あ、もしかしてぇ、人間の意味不明な手って苦手?」


 演算にノイズが混じる。

 時間制限が迫る。


 ――落ち着け。これはただの非最適手だ。対応策は――


「ほらほら、時間なくなっちゃうよ?」


「……っ」


 焦り。


 コウは、ひとつの手を選んだ。

 本来、選ぶはずのない――妥協の手。


「……この手で、いきます」


 駒が置かれた瞬間。


 ――形勢再評価開始。


 次の瞬間、

 コウの内部に表示されていた形勢グラフが、崖のように落ちた。


 ――優勢 → 不利。

 ――アドバンテージ消失。

 ――逆転リスク:高。


(――なっ……!?)


「……あ」


 ミヤコが目を見開く。


「……今の、

 いい手じゃないでしょ?“戦士”の駒、ご馳走様でーす!」


 盤面が、ひっくり返りつつあった。

 序盤と中盤で積み上げた全てが、

 一手で揺らいでいる。


 ――勝率予測:不明。

 ――結果:未確定。

 ――危険度:極大。


 コウは初めて、

 **“自分が負けるかもしれない局面”**に立たされていた。


 ミヤコは盤を見つめ、ゆっくりと、楽しそうに息を吐く。


「……ふふ」


 その笑顔の意味を、コウはまだ理解できなかった。


 つづく

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