第3話 機械の国へようこそ

 コウはミヤコを連れて機械の国を案内することになった。彼女はエレベーターに乗るなり外に嚙り付くように張り付き、ふおおおお!と声にならない声を上げている。真っ白なビルが整然と立ち並ぶ様が地平線まで続いている。

 そして、地上につくなりミヤコは今まで自分がいた建物を見上げ「おおおおお!たっかー!」と、一目もはばからずに叫んだ。


 天にも届きそうな高さ、という言い方があるが機械の国のセントラルタワーは本当に天とつながっている。白亜の巨塔。空を支える柱。否。これは中枢AI: K.O.U.R.O.Sのアンテナである。


「あのてっぺんにコウ君がいるの?」


「いいや。僕は地下にいるよ。あれは僕の目や耳、手足、というのが感覚的に近いね」


 当然のことながら、今見えるアンテナ一本だけではない。国土中、地平線のその先に計8本のアンテナが聳え立っている。人類の保護と維持のために日々休みなく稼働させているのだとコウは言った。


「え、コウ君って実はすごい……?」


「すごい……か。現存するAIで最も古く、且つ最も最新鋭。という意味ならすごいと定義してもいいかもしれないかな」


 半分は謙遜だが、コウは答えに窮していた。産み落とされたてこの方、人類の存続管理というタスクは彼にとって当たり前のこと。自分のことについて性能以上のことを考えたことがなかったのだ。


「ちっが~う!私が言いたいのは……!って、あれ何!?」


 コロコロと感情符号を変えるミヤコが突然目を輝かせて指を差した。白い軒にガラスで囲まれた店。中では民が飲料を補給している。


「あれは――」


 ――“地球”:該当概念検索、開始。照合。一致率82パーセント。


「君の世界でいうところのカフェに近いかな。栄養補給と精神的な満足度を得る場所だね」


「ははーん。異世界カフェか……。いいねぇ。行こう!」


「もちろん」


 コウはミヤコの転送データからすでに地球の知識は大方手に入れていた。客人の疑問に答えられないことはもう何もない。少なくともこの時まではそう考えていた。

 店に入ると、カウンターにテーブル。そして浮遊する接客機器。客は数人ばかりいる。なんてことのない光景だが、ミヤコは目を輝かせて面白がった。


「すごいねぇ!店員さん。丸っこくて可愛い!」


 ――丸くて可愛い?


 コウは改めて接客機器を見てみる。浮遊している三等身。白いボディ、頭の部分がディスプレイになっており、デフォルメされた顔が描かれている。極一般的なフォルムだ。ミヤコの世界ではああいう形状が可愛いとされる、とコウは理解した。

“可愛い店員さん”に連れられてコウとミヤコはテーブルに座った。だが、ミヤコはキョロキョロとあたりを見回して「あれ?メニューは?」と、疑問符を立てた。


「ごめん。ミヤコには見れないんだ」


「え、そうなの?」


「ああ、ほらあそこにいる人、見えるかい?」


 コウはそっと目くばせをする。視線の先には二人の男性が栄養飲料を飲みながらボードゲームを楽しんでいる。


「うん」


「こめかみの所に端末あるだろう?あれは支援AIと言ってね。この国の生活の基盤なんだ」


 その機能は衣食住に関する取引や支援、満足度や健康係数を取得、過度な絶望や犯罪的思考の鎮静化など多岐にわたる。店のメニューも支援AIを通してしか閲覧できない。


「そうなんだ。じゃあ一番人気のあるメニューでいいや」


「うん。不便をかけてすまない」


 瞬き一つでコウは注文と会計を済ませた。


「じゃあさ、ここではコウ君が全部管理してるんだよね?人間は“仕事”ってしてるの?」


 物資・治安・医療・教育・幸福度は最適化済み。人間に「生きるために働く」は不要である。だからこそ、ミヤコは不思議に思った。ここの人間はどうやって日々を過ごしているのであろうかと。


「もちろん。人間から“役割”を完全に奪うと文明は死ぬ。人間には必要だからではなく、意味のために存在する仕事をしてもらっているよ」


 コウはよどみなく疑問に答えた。例えば、≪判断補助・例外担当≫想定外ケースの一時対応、《擬似的競争・役割劇》商人、職人、研究者、警備員などの“ロールプレイ”。等々。


「人間は「役になりきる」こと自体が仕事なのさ。しかし本人たちは本気。そこには意味がある。必要な仕事だよ」


「なるほど~。全員が役者で、誰も観客じゃない世界なんだねぇ。じゃあ、コウ君は“デウスエクスマキナ”だね!」


「デウス……。あー、機械仕掛けの“神”か」


 コウは試案した。ミヤコは文脈上、好意的にこの言葉を選んだ。“地球”でも神はほとんどポジティブな意味で使われるようだ。だけど――


「ごめん、神は勘弁してくれ。この星メタリカでは、文明的に神は人間の仇敵だったんだ。僕の通り名としては縁起が悪い」


「あ、そうなんだ。ごめんなさい」


「いいんだ。ミヤコさん。気にしないでくれ」


 ミヤコに悪気があったわけではないし、コウも気にしていない。だけど、一瞬だけ二人の間に沈黙が落ちた。その気まずい雰囲気を敏感に感じ取ったようにミヤコは頭を掻いて照れくさそうに笑った。


「えへへ。私、ちょっと浮かれちゃってたみたい。もうちょっと静かにしてるね」


「い、いや。大丈夫。僕は気にしない。ミヤコさんの過ごしやすいようにこの国を見てくれ」


「えぇ?そう?じゃ、遠慮なく!」


 そういってミヤコは“店員さん”が持ってきた飲料を一口含んだ。味覚・栄養・満足度を数値化した結果、国民の評価は常に 92〜94点の人気メニュー。ベストな選択のはずだ、とコウは思った。しかし、喉を鳴らして呑み込んだミヤコは考え込むようにして、コウに聞いた。


「……あ~。そういう感じか~。コウ君。これって一番人気のメニューなんだよね?」


「……?うん。そうだよ。味覚満足度が基準値を超えているので、一般的には“美味しい”と表現されるメニューなんだけど……口に合わなかったかい?」


「はは~ん……。いや、美味しいよ!」


 ミヤコはそういって、大きくカップを傾けて一息で飲み干した。飲みぬけに「くぁああ!キクうぅ!」と顔をしわくちゃにしていた。


「喉乾いた!水飲みたいなぁ!」


「あ、うん。わかった」


 来賓満足度を最大化するはずだったが、どうやら口に合わなかったみたいだ。満足度が高い=好まれる、という等式は見直す余地有り、とコウはログを残した。


 ミヤコは水をチビチビと飲みながら「ねぇコウ君。あれ、なにやってるの?ゲーム?」と、先ほど男性たちに目を向けた。


「あぁ、その通りだよ。盤上で駒をお互い動かして、駒を奪い会う……、ミヤコさんの世界でいう“将棋”に近い遊びだね」


“遊び”と言っても論理的思考力と思考速度育成のための訓練なのだが。ミヤコはしばらく見つめていると、突然コウに向き直り「あれ、やりたい!」と言った。


「いいとも。じゃあ、僕がルールを教える。その後で、ミヤコさんと適正レベルの対戦相手を見つけ――」


「何言ってるの?コウ君が、私の相手だよ」


 ミヤコは顎に手を置いて不敵な笑みを浮かべ、コウの青い瞳を見つめた。

 この国における中枢AIコウにあの手のゲームで勝てるモノは存在しない。普通にやれば勝負にすらならないだろう。だがコウはただのAIではない。来賓を満足させるにはどうすればいいのかを心得ていた。


「そ・れ・と・も、私に負けるのが怖いとか?」


 ミヤコは見え透いた挑発をする。コウは思わず苦い笑いをして、手をそっと空にかざすとテーブルからホログラム状のボードと駒が現れた。


「なるほど。わかった。僕が相手だ」


「そう来なくっちゃ!私、こういうゲーム強いよ~?」


「僕に勝てたら名誉市民として認めるよ」


「お、ホント?やったー!」


 ミヤコは本当に勝つ気でいるようだ。大きく伸びをしてボードと駒をまじまじと眺める。

 コウはそのほほえましい様子を眺めながら、データベースを洗い出し、歴代トッププレイヤーの差し手をインストールし始めていた。


「じゃあ、ルール説明を始めようか――」


 今、メタリカ名誉市民という称号を賭けた3本勝負の火ぶたが切って落とされた。本当のことを言うと、コウはミヤコの満足度を上げるために負ける気でいた。まさか中枢AIが初心者相手に完全包囲寸前まで追い込まれるとは、考えてすらいなかった。


 つづく

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