第2話 劇薬にして特効薬
コウの視認情報に映し出されているのは、転送台に置かれた書斎チェア。その上にそっと置かれたマグカップ。そして、その持ち主ことミヤコが仁王立ちをしながら見上げている。
――生体スキャン完了。外見、生体反応、遺伝情報。いずれも当国のヒトとほぼ同一。年齢推定:17年前後。ヒト種・雌。所持品から判断するに、文明水準は低い。敵意も侵略意図も見当たらない。……少なくとも、“脅威”ではない。
コウはミヤコの分析を冷静に続けるが、どうにも違和感をぬぐえない様子であった。想定では、客人は恐怖、困惑を覚えて取り乱すはずだと考えていた。ミヤコにもその感情が一瞬だけ読み取れたが、瞬時に消え去り、今はキョロキョロあたりを見回している。多くの研究員がいるのにも関わらず、まったく意に介していない。数値上の脅威度はあてにならないのかもしれない、とコウはログを残した。
「それでそれで?私はいったい何をすればいいのかな。コウ君」
「……ああ!これは失礼。実はですね――」
それでも、手がかりはこの少女しかない。コウは事の発端をミヤコの知能レベルに合わせて説明した。国の概要と総合判断の異常の理由。藁にもすがる思いであった。
「――というわけなんです」
顎に手を当てながらフンフンと頷いていたミヤコは、コウの話を聞き終わると片眉を上げていった。
「なるほどねぇ。じゃあ、私はそのバグの理由を探せばいいってことですね」
「はい。その通り。なにか気づくことがあれば、なんでも教えてください」
ミヤコは顎に手を当てたまま、何も答えない。ただ下方を眺めながら、押し黙った。
そして――
普通のAIなら見逃したであろう。ミヤコの眼差しがほんの一刹那の間、猛禽類のように鋭くなった。
「おっけー!その依頼、私にお任せください!じゃあ、コウ君。まずは私にこの国を案内してよ!」
ミヤコは親指を立てるジェスチャーをすると、片目をパチリと閉じた。おそらく、肯定や同意の意味があるのだろう、とコウは学習した。
「もちろん。少々お待ちを。もうすぐ僕の子機が到着しますので」
「子機?」
空気が抜けるような音とともに、出入口の扉が開いた。ミヤコの記録を一心不乱に取っていた研究者たちの視線が一斉に注がれる。ミヤコも異変を感じて振り返ると、目を鋭く細めた。
入ってきたのは青い髪に青い瞳、白いワイシャツにスラックス姿の青年。外見をミヤコと同年代程度に調整したコウの子機が、人間と見紛う滑らかな歩みで彼女の前へと歩み寄った。
「改めまして。ミヤコ。僕はコウ。ようこそ僕らの国へ。中枢AIとして歓迎します」
「わお!すごく“ハンサム”だねぇ!かっこいい!」
ミヤコはハンサムの部分を強調するように両手の指をチョイチョイと折り曲げて言った。そして、目を僅かに細め「でも、人間じゃないですよね?」と、半ば確信めいた言い方をした。
「はい。人口の細胞組織で再現した人形です。外面は人間を完全に再現していますが、中は機械ですよ」
「いやぁ、外面も機械ですよ?」
「えっ?」
「あ。間違えた。内面も人間みたいですね!すごい技術です!」
ミヤコは自分の頭をペシンとはたいて、「言い間違えちゃった!すいません!」と小声で謝った。
「え、ええ。大丈夫です。ありがとうございます」
「それじゃあ、お近づきのしるしに!」
ミヤコは右手を差し出した。傷一つない白い肌に短く切られた爪。その指がワキワキと動いている。どういう意味だろう、とコウは演算しようとしたが、本人に聞く方が速いと判断した。
「ミヤコさん。これはどうすればいいのでしょうか」
「……え。あ~!これはねぇ、握手って言って、私たちの国の友好のしるしなんですよ」
お互いの手を握り合って、敵意がないことを示す。武器を握る手を相手に預けて心を通わせる。なるほど合理的だ、とコウは思った。
「なるほど。こうですか?」
コウは右手をミヤコの手の横に差し出す。すると、彼女の方からコウの手を取りぶんぶんと上下に振った。
「そう!これで私たちは友達です!」
「とも……だち、ですか。友達、友達……。そうですね。嬉しいです」
コウが「友達」を内部辞書で参照しかけて、止めた。K.O.U.R.O.S改めコウに歴史上はじめて友達ができた瞬間であった。そして、その友達の手は、驚くほど暖かった。
ミヤコと“握手”をしていた一瞬、コウの演算モデルに軽度のノイズが入った。動作には全く問題ないノイズであったが、コウは要調査とタグ付きでログを残した。
「――それじゃあ、行きましょうか。何か取り立てて見たいものはありますか?」
「じゃあ、コウ君が敬語をやめるところが見たいかなぁ」
「え?」
文脈を完全に無視したミヤコの要求にコウは思わず面食らった。
ミヤコは畳みかけるように両手をパンっと音が鳴るくらい打ち鳴らし「お願い!やってみて!」と言いながら頭を下げた。これはわかる。コウの国にもある動作だ。
「し、しかし、来客にそのような言動は……」
「そっかぁ……。コウ君がそういうなら仕方ないなぁ。あ~あ、なんかやる気なくなってきちゃったなぁ……」
これ見よがしにガックシと肩を落としてうつむくミヤコ。長いポニーテールもしゅんと垂れ下がり、ズーンっという効果音も聞こえて来た。いや、ミヤコ自身が言っていたのだが、コウは言葉通りに受け取って、すぐさまコミュニケーション方法修正に取り掛かった。
「なっ……。ま、待ってください……くれ。……わかり、分かった。んん。――これでいいんだよね?」
醜態だ。生まれてこの方これほど散らかった生成をしたことがない、とコウは感じた。正確には疑似感情であるのだが。それでも、“恥”の感情を模倣したことはこれが初めてであった。
「おぉ!いいねぇ!そっちの方が私もやりやすいし、コウ君もそっちの方が人間っぽいよ?」
ミヤコはまるで気にしていないようにガハハハッと豪快に笑った。そして、その顔を見て、コウの子機は笑った。
ミヤコの生体反応を再スキャン。国家への侵略脅威度係数は――0だった。
つづく
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