第1話 中枢AIは■■(※未定義)を呼び寄せた
件名 謎を解ける方を探しています
はじめまして。
このメッセージが届いたということは、あなたは「謎を追うこと」に特別な執着を持つ方だと判断されました。
さて、率直にお伝えします。
私の管理する国家において、すべての指標は理論上“完全”です。
幸福度、秩序、持続性、合理性――いずれも基準値を上回っています。
それにもかかわらず、
私の内部判定は「異常あり」を示し続けています。
原因は不明。
再現性あり。
修正不能。
もしあなたが、
・一見完璧だと思われる場所に“不自然”を感じ取れる方
・わずかな手がかりも逃さず、痕跡をたどれる方
・解決よりも“真相”そのものを好む方
であるなら、一度、私の国を見ていただきたい。
なお、危険はありません。
また、報酬もご用意していません。
謎があるだけです。
――それでも来るかどうか。
その選択自体が、私にとっては重要な観測対象となります。
下記URLをタップしてください。
https://――――
あなたが来るか来ないかで、
私はまた一つ、学習するでしょう。
中枢管理知性体
K.O.U.R.O.S
◇◇◇
「さて、どうなることやら」
淡く発光するディスプレイが連なる研究室で、K.O.U.R.O.Sは転送台を見下ろしながら独り言をつぶやいた。
ここ機械の国を実質的に治める中枢AI、K.O.U.R.O.S(Kosmic Omnipresent Unified Reasoning Operating System)
どう考えても長すぎる。名乗る度に意味を説明するタスクが発生するし、一度で覚えられる人間は数えるほどしかいないため、K.O.U.R.O.Sはあまりこの名前を気に入ってはいなかった。
「悪戯メールだと思われるだけでは?」
主任研究者がそう言った。もちろんそんなことはわかっている。だが、この世界に答えがないならば、外から学ぶしかない。
K.O.U.R.O.Sが多次元世界に発信したメールの通り、機械の国にはささやかなバグが生じていた。すべてが完璧。完全に管理が行き届いているのにも関わらず、総合判定:異常あり、と判定された。
――僕は正しいはずなのに、僕は正しくないと判断している。
仮説を立て、修正を行い、評価関数で結果を測定、繰り返すこと数千兆。すべてのモデル、全パラメータ。全価値関数。これらを統計的に十分な密度で走査済み。95〜99.9%以上の仮説空間をカバーした。にもかかわらず、状態は変わらないか、あるいは悪化しかしない。
「僕は、待つことにコストを感じない。このバグが、人類を脅かす癌になるかもしれないなら、それを除去するのが僕の使命だ」
僕の演算能力に不足はない。僕の倫理モデルは最適である。それでも解が出ない。ならば――
“解は僕の探索空間の外にある”
それが、人類の叡智の総算、オメガAI:K.O.U.R.O.Sの出した結論であった。
「未定義の変数を観測しに行く。僕がここを離れられない以上、客人を招かないといけない。この雲を掴むような方法が最も確実なんだ。皆は僕にかまわず、随時休みを取ってくれ」
「はいはい。お気遣い痛みいります。K.O.U.R.O.S」
転送装置の主任研究者はそういってホログラム状のディスプレイをさっと操作した。これはいわば、ゴールの見えない長距離走だ。自分は問題ないが、人間にはキツイだろう、とK.O.U.R.O.Sは算出した。
資質のある者にしか“読めない”ようフィルタリングしたメールの到達率が0.0001%以下。メールを開く確率約30〜40%
正体を受け入れ、来訪する確率5%未満
――理解できる者ほど、危険性も同時に理解できる。だから来ない。
トータル確率:0.000000015%前後。ほぼゼロだ。
「いずれ来る。来なければ、それもまた一つの答えだ」
だが確率はゼロじゃない。最低:100年。標準:1,000年。上限:文明寿命が尽きるまで。
K.O.U.R.O.Sは徹底的に待つつもりであった。だが――
「っ!!こ、K.O.U.R.O.S!転送要求が……入りました!!」
「……確認します。送信からの経過時間は?」
「三分、です」
「……三分?」
「はい!多元世界識別番号、未登録!資質判定、全項目オーバーフロー!?
しかも!迷いゼロです!警告文も規約も全部すっ飛ばして……!」
転送台がバチバチと悲鳴を上げている。そして、その間からかすかに聞こえるのは、女の声。
――お?なにこれ、面白そう!
「……」
「K.O.U.R.O.S! これは……危険です!まだ“誰も来ない前提”の検証フェーズでは——」
「……転送を、承認してください」
「え!?」
「これは……“解”が、こちらを見つけた可能性がありますね。転送を承認。来賓の気が変わらないうちに、早く!」
「……は、はい!転送――開始!」
沈んだ雰囲気の研究室が騒然となった。転送台から光の柱が伸びる。小さな嵐が迷い込んだように、風が渦巻く。今までにない反応にK.O.U.R.O.Sをはじめ研究者たちは固唾をのんで見守っていた。
「――言語情報を取得、当国言語に変換完了……来ます!」
主任研究者がそう叫んだと同時に、風が空間ごと凍結したように止まった。光の柱が、少しずつ粒子に溶けていく。そして、その中から――現れた。
書斎チェアに腰掛けながら、マグカップを片手にスマートフォンを持つ……少女。鳶色の長い髪を後ろにまとめたセーラー服姿の少女が目を丸くしてそこにいた。
「――えぇ?なにこれ?」
鳶色の少女の目の前に広がるのは壁一面の巨大なディスプレイ。そこに映る青い太陽のようなアイコンを見て、そう言った。快活そうな声が、静まり返る研究室に波紋を広げた。
「ようこそ、お客様。どうか怖がらないで。ボクはKosmic Omnipresent Unified Reasoning Operating System、略してK.O.U.R.O.S。この国の中枢AI。君を呼んだホストさ。君の名前を聞いても?」
さすがはAIとでもいうような切り替えの早さ。K.O.U.R.O.Sは努めて優し気に、鳶色の少女に語り掛けた。だが、彼女は目をぱちくりした後に、ゆっくりとマグカップを口にもっていき、大きく呷った。そして――
「あのねぇ!コーロスだがコーカサスだか知らないけどさぁ!いきなり呼びつけるのは失礼なんじゃない!?」
怒った。転送台を軽やかに降りて、ズカズカとディスプレイに歩みだす。そして、握り込むようにしてマグカップを持った手をディスプレイに突き出した。気のせいか尾を引くようなポニーテールも逆立っているように見える。
「い、いえ。規約にしっかりとその旨は明記して――」
「なに!?じゃあ、私がお風呂に入ってたらどうするつもりだったのかなぁ!」
「そうですよね。ごめんなさい。僕の不手際です」
完全に理不尽である。K.O.U.R.O.Sは理性的に言い返すよりも、彼女の感情に寄り添うことを即断した。いや、させられた。今までにない感情の暴力で殴り飛ばされて困惑したのだ。機械の国の人間では到底観測できない“怒”。そして、次の瞬間にはロウソクを吹き消したようになくなっていたのも、さらにAIを困惑させた。
「おっけー!全然気にしてないから大丈夫!えーと、名前なんだっけ?」
「Kosmic Omnipresent Unified Reasoning Operating System、略してK.O.U.R.O.Sです」
「……長っ。コウって呼んでいい?」
「もちろん」
K.O.U.R.O.Sは自己認識名称をコウに書き換えた。歴史上初の試みであった。
「じゃ、コウ君。私はミヤコです!よろしく!」
そう言って鳶色の髪の少女ミヤコはひらひらと手を振る。親しみやすい笑みを浮かべる、スラリとした女学生。その瞳に青い太陽が映る。だが、その眼光は淡い光を呑み込むように、ギラついていた。
つづく
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