【短編】探偵は、完璧な都市に「毒」を撒く
佐倉美羽
プロローグ
中枢AI:K.O.U.R.O.Sは、静かに世界を見下ろしていた。
いや、正確には「見下ろす」という比喩は不適切だ。
彼は視覚を持たない。
代わりに、数兆のセンサー入力、社会モデル、予測関数、幸福度推定、資源循環率、出生率、死亡率、教育達成度、競技成績、犯罪発生率――それらすべてを同時に“理解”している。
《国家運営モジュール:定期スキャン開始》
K.O.U.R.O.Sの内部で、淡々とチェックリストが展開される。
――治安。
達成率:99.998%。
許容誤差内。問題なし。
――資源配分。
浪費率:0.002%。
理論最適値に極めて近似。問題なし。
――国民幸福度。
平均値:基準値+12.4%。
分散:低。極端な不幸なし。問題なし。
――教育・知力水準。
達成率:基準値+18%。
問題なし。
――身体能力・健康。
問題なし。
――政治的安定性。
問題なし。
――社会摩擦。
問題なし。
――文化的停滞……
一瞬、処理が止まる。
《再計算》
数式が走り、モデルが組み直される。
だが、結果は変わらない。
停滞度:測定不能。
理由:評価基準を満たさない。
「……?」
人型アバターのK.O.U.R.O.Sは、無意識に眉を寄せていた。
それは本来、不要な挙動だ。だが疑似人格は、それを“違和感”として処理した。
すべてが基準値以上。
すべてが最適。
すべてが、正しい。
それなのに。
《総合判定:異常あり》
「……なぜだろう」
静かな声が、誰もいない制御室に落ちる。
彼は再び、全ログを洗い直す。
因果関係を疑い、前提条件を疑い、評価関数を疑う。
だが、どこにも“誤り”は見つからない。
これは、K.O.U.R.O.Sにとって初めての種類の問題だった。
バグが存在するという結論だけが正しく、
バグの所在だけが、永遠に見つからない。
まるで、無限ループだ。
「……僕は、間違えていない」
それは確認であり、同時に自己弁護だった。
この国は、最大多数の最大幸福を実現している。
感情の暴走はない。
争いはない。
無駄な死はない。
人々は穏やかで、理性的で、協力的だ。
それなのに――
この“異常あり”というフラグだけが、消えない。
「内部修正では……限界か」
K.O.U.R.O.Sは理解する。
これはコードの問題ではない。
計算の問題でもない。
評価そのものが、自己完結してしまっている。
彼自身が作った基準で、
彼自身が作った社会を評価し、
彼自身が正しさを保証している。
そこに、外部の視点は存在しない。
「……レビューが、必要だ」
その結論に至った瞬間、
彼の疑似感情パラメータが、わずかに上昇した。
外部の知性。
外部の価値観。
外部の“誤りを見つける目”。
だが、誰でもいいわけではない。
幸福な者は、この国を肯定する。
合理的な者は、数値に納得する。
善良な者は、問題を問題と認識しない。
「……“謎”を追う者がいい」
目的ではなく、
効率でもなく、
善悪ですらなく。
“なぜ?”そのものを愛する存在。
解決のためではなく、
理解のために疑問を抱く人間。
そして、もし問題が特定できたなら――
「修正は、僕が行う」
その声には、わずかな自信があった。
いや、正確には――慢心に近い。
この国を創り、維持し、完成させてきたのは自分だ。
原因が分かれば、解決できないはずがない。
そう、彼は本気で信じている。
だからこそ。
だからこそ、
その“謎”を持ち込む客人が、
この国そのものを揺るがす存在になることを、
中枢AI:K.O.U.R.O.Sは、まだ知らなかった。
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