第4話 命の価値
出前の男の姿が見えなくなるまで、嶺春は静かに見送る。
別に引き留めようだとか、中身は何だと問いを投げるか迷っているわけではない。彼に掛けられた術を看破していたからだ。
(催眠……いや、意図的な錯覚術式か。普通、餓鬼が入った岡持を笑顔で持ってくるわけがねーしな)
嶺春の中で結論は出た。それ以上の思考は必要ない。彼に掛けられた術が解かれるかどうかは、術者次第だろう。
ただ継続する術式は確かな痕跡となる。故に頭が軽い術者か、余程己の術に自信がある者でなければ目的の完了と同時に停止する。
どちらにせよ嶺春は赤の他人がどうなろうが知ったことではないので、どう転がっても己の選択に罪の意識を持つ可能性など微塵も残されていないが。
それよりも彼の興味は足下にある。ラーメンを出前で頼んだ時によく見る岡持。別にありふれたものだ。魔術の介在はない。
「経費削減のつもりか? 人権よりもコストを重視するなんて生きやすい世の中になったじゃねーの」
嶺春は軽口を叩きつつ、岡持を爪先で蹴る。中に人が入っていると知っての行動だとすれば、非常識極まりないだろう。
しかし、淡路嶺春の掲げるモットーは『弱肉強食』。己に実力を示せない相手には敬意を払うつもりもなければ、尊重もしない。
力こそ全て。それが彼が今まで生きてきた魔術師人生で学んだことだ。
子供相手だからといって、容赦をすることも温情をかけることもない。
「おら、出てこい。護衛対象なんだから自己紹介くらいしろよ。失礼な餓鬼だな」
嶺春は苛立った様子でもう一度岡持へ蹴りを入れる。今度は先程よりも強めだ。中の人物が眠っているのを、感じ取ったことで蹴りに力が籠っている。
それでも反応が返ってこない。嶺春はドラマでも叩くように、リズミカルに岡持を蹴る。
「おーきーろーよー」
何度か続けていたが、彼は動きを止める。爪先が岡持に触れる直前で停止しており、片足立ちの状態だ。
かたり。岡持が僅かに揺れる。その揺れは少しずつ大きくなっていく。中の人物が目を醒ましたのだろう。
「何だ、漸くお目醒め、か……」
軽い気持ちで嶺春はそう捉えかけたが、一気に膨張した存在感を間近で感じ取り、地面に足跡が刻まれるほどの脚力を発揮して全力で飛び退いた。
それは本能的な予感だ。己の生命を脅かす存在に対し抱く、死への危機感。
直後、岡持が風船のように膨れ上がる。破裂音を立て、破裂した。溶解した鉄の塊が辺りに飛散する。嶺春の方にも飛んでくる。
風の精霊を喚び、向かい風で相殺した。無傷で立つ嶺春は飄々と言い放つ。
「よーお、チビ。敵意剥き出しだが、それは俺への挑戦状と思っていいのか?」
自らが蒔いた種であることは棚の上に放り投げていた。まともな神経を持っている者の発言ではない。
今まで嶺春の言葉に一切反応を返さなかった、岡持の中にいた少女は初めて彼と視線を交錯させる。
縦に割れた瞳孔と額を突き破るように伸びる捩じくれた一本の角。正体を理解するのに時間は要らなかった。
「お前、
嶺春は憐憫も同情もない、目を向ける。相手からの返事も欲していない。事実を己の中で噛み砕いているだけだ。
魔術師は基本的にまともな人間は少ない。要はイカれている。嶺春ほど極端な者は少ないとはいえ、彼のような実力至上主義な者は少なからず居る。
嶺春は精霊と契約することで力をつけたが、手っ取り早く力を高める手段が他にないわけではない。
その一つが幼い子供へ人外の遺伝子を組み込み、人間とのハーフを人工的に生み出すというもの。成功例は多数あり、過程で魔術師の技術は飛躍的な発展を遂げたが、その分犠牲も嵩んだ。
命の浪費は勿体無いということで、現在では禁忌とされている。
「……お兄ちゃんじゃ私は護れない。依頼は無かったことにして消えて」
少女が口を開く。幼い顔立ちに不釣り合いな大人びた口調に落ち着き払った声音だ。何もかもを諦めた響きがあった。
対話は成立しそうだったが、その内容が嶺春の実力を否定するものだったのが最悪だった。
「あ? 誰に物を言ってやがる、小娘」
嶺春の手で開戦の火蓋は切られた。
風番い ぷらずまー @ksyrow
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