第3話 出前一丁
翌日、午後一時。予定時刻丁度に嶺春は指定の場所に到着した。
高台にある公園。普段は夜景を一望できる、デートスポットとしてカップルなどに利用されているが、時間帯もあって人の姿はまばら。
徐々にその人数は減り続けている。まるで何かに誘導されるように、公園を立ち去っていく姿はどう見ても違和感しかない。
嶺春は公園の中心にある噴水の縁へ腰掛け、その様子を観察する。風の精霊の力を借りずとも、魔術師であれば霊視力がある。蜘蛛の巣のように空間に張り巡らされた霊気の流れを読み、すぐに不可解な現象の原因を特定した。
(この霊気の網……人払いの結界か)
魔術は現実世界に干渉する術をいう。不浄を清め祓うのは魔術の基本。更にその上位の術が空間そのものに別の空間を構築する術。
それこそが結界術。極めれば攻防一体を可能とする。
但し、殆どの術者がその術を持たない。習得難易度が高いことも要因の一つだが、それ以上に必要不可欠ではないからだ。
魔術は一般人には見えない。特別な眼、霊視力が優れた者でなければ物理的現象を引き起こす以外の魔術は全て不可解な現象として出力される。
故に結界術がなくとも、問題がない。それに結界術は魔術の中でも魔術的リソースが大きく、発動までに時間を要する。
無論、今回は別だ。一般人が現場に居合わせること自体が不味いので、人払いの結界が張られた。
嶺春の視線が公園の入り口へ向かう。何とか自制心を保っているものの、頬に冷や汗が滲んでいる。
莫大な熱量を伴う、その気配の大きさを無視出来なかった。
「来たか」
嶺春は自身の吐息に熱が必要以上に籠っていることに気付く。魔術が発動した気配がないというのに、すでに空間にまで影響を及ぼしている。この時点で結界術を凌駕するほどの影響力があることが証明された。
存在の格としても極上なのは間違いない。嶺春は締まりのない笑みを浮かべながらも、警戒心を高める。
軽い足取りで階段を駆け上ってくる音。弾む息遣い。それは少しずつ気配と共に近づいてくる。
姿が見え、正体を知り、嶺春は一瞬惚けた顔をした。
「は?」
「お待ちどー。ご注文の品をお持ちしましたー」
岡持を抱えた出前の男だった。その風貌には特に変わった点はない。大学生くらいだろうか。額に滲む汗がキラキラと光っているような錯覚が見える。
話が違う。まず最初に嶺春の脳裏に過ったのはそれだった。
依頼内容は少女の護衛のはず。しかし、少女の姿は何処にもなく、少女に化けているように視えない。
だからこそ一瞬気が抜けかけた。
岡持の中から感じ取れる、強大な気配がなければ暫くの間、思考が止まったままだっただろう。
「お熱いのでお気をつけてー」
間延びした声でそう言い、出前の男は爽やかな笑みを浮かべる。岡持を嶺春の目の前に置くと、一礼し、そのまま公園を後にした。
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