第2話 新たなる依頼

 地上へ戻った嶺春は町中を歩いていた。すでに時刻は18時を回っており、部活終わりの学生や主婦、サラリーマンの姿があった。


 嶺春は雑踏の中に紛れつつ、誰かと通話していた。


『はは。もう終わらせたのか。流石、現代最強の風術師』

「揶揄うな」


 携帯電話から聞こえてくる声は中性的。男のようにも女のようにも聞き取れる。確実に言えるのは含み笑いが彼の神経を逆撫でしているということだ。


『事実でしょ? 気にしない気にしない』


 電話の相手は仲介人。風術師となった当初からの長い付き合いであり、いつも嶺春に依頼を寄越している。


 だからこそ不機嫌にはなっても、居場所を特定して始末することもない。他の有象無象の仲介人であれば、躊躇うことなく行動を起こしているくらいに寛容な態度だ。


 依然として態度を改めない仲介人の軽口を聞き流し、嶺春は本題に移る。


「にしても思ったより瘴気が濃かった。一撃で祓えなかったが、あれは時間経過でああなったのか?」


 ずっと気がかりだった疑問を指摘する。大体の敵を一撃で討滅する彼にとって、今回の依頼は想定外の労力を使わされた異例だ。


 それは有り得ないこと。普段は一撃で大抵の依頼対象を討滅している。その圧倒的な強さを支えるのは、対象の強弱を正確無比に見極める霊視力。


 その彼の眼を以てしても、


 風の精霊を通し、空間世界と同期することで情報収集も図ったが、徒労に終わった。疑問に対しての答えを自らで解決しようとして出来なかった。


 分からないことをそのままにしておく方が精神衛生上耐えがたいので彼だ。聞くことに迷いはなかった。


『瘴気が濃い……? んー、多分原因知ってるかも』

「教えろ」

『偉そうだね』

「俺の方がお前より色々と強いからな」


 子供のような理屈を語る嶺春。軽薄な物言いだったが、投げ遣りでもあった。仲介人は深く追及せず、わざとらしく咳払いを一つして仕切り直す。


『……こほん。僕が知ってるのは封印式が施されてた祠が何者かの手によって破壊されたってこと。あ、これ国家機密だから他言は無しで』


 返答はなし。呆れで言葉が出てこなかったからだ。数秒後再び口を開く。


「封印? 瘴気の濃度を上げるような要因になる封印なんざ、上位の妖魔でも封じてたか?」

『そのまさかだよ』


 冗談半部のような口調で嶺春の指摘に、一切の笑い声も返ってこない。仲介人は平坦な声で続けた。


『正確には十分の一に分散した妖魔の一部が解放されたと言えばいいかな。全部で十ある祠の一つが破壊されたんだ』

「あと九か……残りの祠は?」


 嶺春の顔からもいつの間にか笑顔が消えていた。事態の緊急性を察したからだろう。


『厳戒態勢が敷かれてるよ。君と同業者というか、知り合いも居る』

「なら、暫くの間は雲隠れしとくか」

『知り合いに挨拶しなくていいのかい?』

「いらん。足手纏いと群れるのは柄じゃないんでね」


 嶺春は雑踏の中で足を止める。急に立ち止まったことですぐ後ろを歩いていたサラリーマンと追突しかけたが、軽い身のこなしで躱す。背中に目でも付いているかのような反応の速さだ。


『ツンデレかな』

「もいっぺん言ってみろ。その命を懸ける覚悟があるならな」


 電話口から聞こえてくる押し殺すような笑い声に嶺春は冷然と告げる。心臓を掴むような圧が籠っている。彼を知る術者なら、即座に己の行いの正否に関わらず、命乞いを即断していただろう。


 しかし、鋼の心臓を持つ仲介人は明るい調子で言った。


『ツンデレかな』

「よく言った。お前は必ず殺す」

『居場所を特定するところからだね』


 本気の殺意を叩きつけ、返ってきた返答に嶺春は力強く舌打ちする。


 彼も認めているのだ。仲介人の居場所を特定するのはほぼ不可能だと。


 何故なら国籍不明性別不明正体不明と三拍子揃った情報屋。魔術師の業界のみならず、裏の世界ではそういう都市伝説的な存在として名が知れているからだ。


 誰もが一度興味本位で正体を探った。凡ゆる手段と人員が投入された。嶺春もその一人。情報収集力に関して自負があった彼でも駄目だった。


 だからこそ、この仲介人を雇用したのだ。自身と同様か、それ以上の情報収集力を持つ存在を手元に置いておいた方がいいと。


 今はただただ軽口を投げつけられ、苛立ちが止まらないが。


『出来もしないことを言うのはやめた方がいい』

「そうやって余裕こいてろよ」

『こいているとも。それより新たな依頼だよ』


 嶺春の殺意を右から左へ受け流し、仲介人は話を切り替えた。


『ある少女の護衛。報酬は三億────受けるだろ?』

「ああ」

『即答かよ』

「金額がいいからな」


 悪びれもせずに答える嶺春。仲介人は電話の向こうで手を叩きながら笑い声を上げた。


 

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