風番い
ぷらずまー
第1話 大いなる風
風の精霊の力を借り、空気の流れを読み、風を自在に操る。
それが風術師に許された術の全容。
「逃げ足の早いこった」
目を細め、彼は遠くを見据える。締まりのない表情をしているが、精悍な顔立ちをしている。軽薄な態度と言葉遣いながらも、常に気を張っており、不浄の一切を寄せつけない。
(10kmってところか。射程距離内から外れる前に仕留めねーとな)
人間の視覚には限界がある。それを補うべく、嶺春は霊視力を用い、精霊と視覚を共有することで風の精霊が存在できる間合い全てを視る事ができる。
精霊は地水火風の四つが基本属性であり、魔術師である嶺春が契約しているのは風の精霊。
故に風の精霊術師────風術師と呼ばれる。
それぞれ精霊には
嶺春は風術師なので、空気が存在する場所は基本的に攻撃の間合いでもあり、視覚共有を可能と出来る。
但し、攻撃力は距離が離れれば離れるほど精度が落ちる。これはどの精霊術師にも共通している常識であり、嶺春も例外ではない。
「来い」
短い一声。それだけで嶺春の希薄だった存在感は一息で膨れ上がる。莫大な数の風の精霊が結集し、台風にも匹敵する旋風を巻き起こす。
曇天を作り上げていた分厚い雲は嶺春を中心にして発生した竜巻によって薙ぎ払われ、取り込まれていく。鋭い冷気を帯びた風が攪拌され、辺りの温度を急激に下げていくが、風術師である嶺春のみその影響に左右されることはない。
涼しい顔で上着のポケットに両手を突っ込んだまま、眼下を見下ろす。
「腹減ったなー。これが終わったら、飯でも食いに行くかね」
地上では歩道を人が行き交い、道路を車が占拠している。姿形を正確に判別しようとすれば出来るものの、その分魔術的リソースを割くことになる。
要は物凄く疲れる。嶺春は一瞥した後、数秒で出来上がった一撃を己の意思を装填し、解き放った。
「死ね」
風に殺意が乗せられ、不可視の斬撃が飛ぶ。流れ星のように空を横断していくそれは、空の上を走っていた黒い人型の靄を斬断する。
それは瘴気の塊であり、妖魔という怪物が誕生する間際の状態。速やかに処理するのが精霊と契約したことで浄化の力を宿す、精霊術師の生業だ。
人型の靄は一撃では消えなかったが、嶺春の猛攻も止まらない。動きを止めた瞬間、四方八方を取り囲み、容赦なく同じ攻撃を浴びせる。最早瘴気の残滓さえも残らない。絶対に殺すという意思が籠められていた。
やがて瘴気の気配が完全に消えたことで、怒涛の攻撃が漸く停止する。
嶺春は懐から取り出した煙草に火をつけると、肺の中を煙で満たして、思いっきり吐き出した。
「仕事終わりの一服は格別だな」
たっぷりと時間をかけて一服した後、嶺春は吸殻を吐き捨てる。落下が始まる前に切り刻まれたので何も残らない。
そのまま踵を返し、姿を消す。空気に溶けるように消えた彼を追跡出来る者は居ないだろう。
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