第14話 双子の村⑫
グツグツ、ポコッポコッ
「うっ……臭いが……」
「死体を溶かす臭いとは違うな」
扉の先は糞尿だけでなく様々な汚物を煮込んだ様な臭いが充満していた。
いや、「様な」ではなく、実際に煮込んでいる臭いだった。
「フッーフッー、はや……かった……ですね……」
部屋の中央にはまるで祭壇の様に巨大な鍋がある。素材を投入したり、かき混ぜるための台も付属しており、メレンゲは私達を見下していた。
(セナさんが特注で作らせた鍋と同じくらい……まさか……)
「どうした、そんな大きな鍋用意してもお前が攫った子供相手には大きすぎるだろ。それにこの臭い……ろくに処理もしてないな」
「カハッ……ハハッ……ゥッ」
ドボンッ
「早まったかっ!?」
「ッ……!」
メレンゲが一瞬コチラの方へ笑みを浮かべると、煮え立つ鍋の中へ身を投じた。
追い詰められたモノが捕まる前の最後の抵抗で自殺をする。だが、明らかに目の前でメレンゲが見せたのはそれとは雰囲気が違った。
(鍋……死体……何か引っかかるけど……駄目、思い出せない)
「アフラ、ここで待ってろ。こんな終わりは不本意だが、処理出来るのは私だけだからな……」
セナが私の身体からソっと離れると鍋へ向かって歩き始める。
「待って下さい!危険です!」
「大丈夫だ。アフラ、マユが来る前は1人で処理をしていたんだからな」
セナがこちらを振り返る。その時――。
「聖女様ぁ!キスをしておくれぇ!」
ザバァッ
鍋の中から酸を振りまきながら、ドロドロに溶けたオトマー・メレンゲがその姿を現した。
「グッ……アッ……」
「セナさん!」
鍋から溢れた酸は明らかに入っていた量よりは少ないが遥かに強力で部屋全体に飛び散り、鍋に近づいたセナはそれを背中から浴びる形になった。
「大丈夫ですか!?」
腹部の違和感を気合で押し殺し、セナの元へ駆け寄る。セナが盾になり私は被弾しなかったが、セナの背中は、まるで肉が焼けて剥がれ落ちたかのように、皮膚がただれていた。
「まさか……こんなことになるなんてな……」
「今は喋っちゃ駄目です!」
セナの背中へ治癒魔法をかける。化学火傷のせいか、早く治っても一向に皮膚の状態は良くならない。
(……お願い、お願いだから間に合って……!)
私の魔力が、焦りと共に空へ溶けていくような気がした。
そう感じているとソレは近づいてきていた。
「キスしておくれぇ!」
「きゃぁっ!」
(防御魔法を……!)
ジッ……
(溶けてる……!?)
寸でのところで、防御魔法が間に合ったが、ソレに触れた部分の障壁が溶ける。
「メレンゲさん……一体何を……」
「聖女……違う……アフラ、君は違う……」
メレンゲだったソレは全身が爛れながらも人間としての体型を維持し、こちらへ向きかえる。
目は完全にイカれており、その目はある種の狂信が宿っている。
「落ち着いて下さい。メレンゲさん、一体どうして……」
メレンゲがニタァと口を開く。
「聖女様、私の可愛い可愛い聖女様。彼女に近づく……人類の進化とは彼女だ……」
意味が理解できなかった。恐らく彼が言っている聖女はかつて共に東夷へ赴いた聖女のことだろう。だが、目の前の状況とかつての聖女が結びつかない。
「聖女様がどうかしたのですか……。あなたの旅で何があったか聞かせて下さい」
だが、彼を理解するには話を聞く必要がある。
恐怖を抑え込み対話を試みて初めて理解があるのだから。
「ホンモノの聖女は……彼女だけ……」
「本物の……聖女……?」
確かに、歴代の聖女の中には伝説であったり偉業を個人として称えられる人物はいる。彼女たちと比べたら駆け出しの私は聖女でないというのは納得の行くことではある。
(……でも、有名な聖女様は一番近くても200年以上前のハズ……?)
「彼女と……生きる……不死になる必要がある……だから、心臓欲しい」
「ッ!」
メレンゲがこちらへ向き返りゆっくりとその体を近づけてくる。
「すみません!」
バヒュウッ
風魔法でメレンゲを吹き飛ばす。
「あ……ア……痛いなぁ……」
シュゥウ……
メレンゲから垂れた液体が地面の一部を溶かす。
(距離を取れば取り敢えずは……)
「彼女なら……」
(っ!)
「彼女なら……こんな……生易しい……ことは……しない……」
「それはどういう……」
彼の言葉が飲み込めなかった。聖女の目的、その中に東夷への宣教があるため、武功に優れた聖女も歴史にはいた。その中には即断即決で手を下す聖女もいただろう。でも――
「待って下さい。武功に優れた聖女は歴史上でもまだ混乱期の――」
「1500年……」
「えっ?」
「私は1500年間……生き続けた……のだよ……」
1500年、当然人間が生きていける訳のない時間だ。
(1500年……不死……あっ!)
「ま、まさかあなたが仕えた聖女様は……そしてこの呪文は!?」
「《不死》……聖典にも語られる、あの“魔女”……。……彼女こそが、私の……聖女様だ」
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