第13話 双子の村⑪

「……さて、次は肝臓だ」

 メレンゲの声は淡々としていた。まるで実験台に乗せられた動物を前にした研究者のように。

「ん゛ぐッ……!ん゛がッ……!」

 幾度となく覚醒と気絶、肉体の変化を繰り返し、もはや自分の身体の状態すらわからない。

 生きたまま覚醒下で腸を切り刻まれるといった想像を絶する痛みが常に最高点を更新し襲ってくる。

「流石に、排泄物は二重ではないが腸壁は見事に二重、ならば肝臓は……」

 開腹部から冷たい指先が這い寄ってくる。生温かく濡れた臓器の間を慎重に探るようにして、彼は手を奥へと滑り込ませた。

「おお!右葉と左葉が前後にある!血管の構造もしっかり倍になっている。ここはカルテにもなかったな……」

 どちらの人格か肉体か既にわからない混沌とした意識の中、その痛みだけが脳へと伝わる。

(がッ……かァ……ア゛ッ……)

 理性が切り裂かれ、魂が引き抜かれる。その様な感覚に襲われながらも意識だけがはっきりとしているのは何の罰なのであろうか。

(ふざけ……るな……よ……)

 メスが肝臓の血管に到達した。細い鉗子で止血されると、冷たい金属音とともに、その器官がずるりと引き抜かれる。

「おお……おお、これが……完全なる双子の、完全なる片割れの証左……!」

 メレンゲの声が、歓喜に震えていた。まるで神に触れたかのように。

「ッ……ッ……」

 麻友の目から、涙がひとすじ零れた。それは痛みではない。肝臓が摘出されたことにより確実なる死を実感し、血の気が一気に引いていく恐怖と後悔、そのモノであった。

 最初の死は目的だけなら達成していた。二度目の死は運良く生きながらえた。だが今、目の前にある光景はただ自身の命を無碍にするだけの死である。

「ここまで、順調だ……次はどの臓器に……」

パァンッ!

「ギャッ!」

 メレンゲが次なる臓器を見定めている時、近くで大きな破裂音がした。

カランッ

 メレンゲが小さく悲鳴を上げると同時にメスが落ちた音が聞こえる。

(……な、何が起こってるんだ……)

 痛みのせいで思考がまとまらない。その時、聞き慣れた声がした。

「マユ、助けに来たぞ」

「ンッガ……!」

 死ぬ間際に聞こえた幻聴なのか、その声は痛みの中でもはっきりとセナのものだと分かった。

「おやおや、セナ・ハンターさん……。なんの用事ですかな」

 ポタっ……ポタっ……

 メレンゲが流れる血を押さえながらセナへと聞く。

「とぼけるな、この部屋の中から聞こえる悲痛な叫び、そしてマユ。お前のやっていることは大体分かる……同じ医者としてな」」

「同じ医者だと!」

 メレンゲが激昂する。

「死体を解体し、研究するかと思えば、死体を待つばかり!自身で直接手を汚さず、目先の人命救助を優先する!そんなので人類の発展があると思うのか!」

「お前は何を言っているんだ……?」

 セナの声に困惑が混ざる。

「医術とは人類発展の手段!魔法と組み合わせより進化した人類へ到達するための学問だ!人命救助など副次的なモノに過ぎないのだよ!」

「……どうやら、お前とは根本的に価値観が違うらしいな」

「ふふふ……邪魔をするか?良いだろう。だが、貴様の助手の生殺与奪は私が……ゴボォッ!」

「何か言ったか?」

 メレンゲの首にメスが突き刺さる。

 バタッ

 それと同時にメレンゲが床に倒れる。

「おっと、マユ。お前も助けてやらんとな……。うん、安心しろ。肝臓が切り取られたのは一部だけだ。もう少しの辛抱だ」

(へ、へへ……助かったのか……)

 安心からか激痛の中でも意識が落ちていくのを感じた。



「拘束は解いたぞ。、もう目を覚まして大丈夫だ」

「うぅん……。ハッ、せ、セナさん!どうしてここに!っ痛!」

「回復魔法を使ったとは言え、臓器を切り刻まれたんだ。しばらくは慌てるな。……とにかく、最低限の癒合と止血はした。だが、こんな状態で長時間歩くのは無理だ。アフラ、お前は私にしっかり捕まってろ」

「は、はい……っ」

 アフラは涙で濡れた目元を拭う暇もなく、セナの身体にもたれ掛かる。熱を失った臓器と、癒え切らぬ傷跡が今なお体内で疼いているが、冷たい手術台から離れられるだけで救いのように思えた。

 部屋にはまだメレンゲの倒れた姿が残っている――はずだった。

「……いない?」

 セナが振り返る。そこにあるはずの死体が忽然と姿を消していた。

「セ、セナさん、メレンゲ神父は、死んだはずでは……?」

「ああ、確かに首に致命傷を与えた……間違いない。だが、どうやって?」

 辺りを見渡す。血痕は確かに床に残っている。滴る音も止んでいた。だが、その血痕の主の姿だけがない。

 手術台、床下、医療棚の下。簡単に隠れられる場所は全て確認するも、どこにも影も形もなかった。

「一旦、周囲を調べる。ここまで来たんだ。奴が何をしていたのか、全て明らかにする」

「はい……っ」

 二人は灯りを持って手術室の奥へと進んでいく。途中、脇の棚には瓶詰めにされた臓器、羊皮紙に記された観察記録、そして――

 「こ、これは……!?」

 セナが立ち止まった先には、鉄格子の嵌まったガラス張りの檻のような空間があった。

 その中には、人ならざるものが、複数、蠢いていた。

 痩せ細った双子の子供。顔は互いに背中合わせに埋まり、背骨を接合されている。肩や腕が異常な数を持つ者、片方の顔だけが異様に肥大し、もう片方は干からびたように萎んでいる者。

「助けて……」

「ママ……」

「いたい、いたいよ……」

 声は弱く、しかし確かに生きていた。

 魔術で強引に命だけを繋ぎ止められたそれらは、生きていること自体が罰のように、苦悶と混乱の表情を浮かべていた。

「……これが、“完全なる双子”の追求の果てか」

 セナは小さく呟いた。

「彼らは……」

「助ける手段は……ない。下手に助ければ、余計に苦しむだけだ」

「っ……」

 アフラは歯を食いしばった。

 それでも彼らを置いていくなど、できるはずがない。たとえ一人でも、親の元へ帰してあげなければ……。

「行こう、まだ終わっていない」

「……!」

 その言葉に背を押されるように、アフラは頷いた。

 二人は檻の横を抜け、更に進む。

 そして、室内の奥にあった、古びた扉の前で足を止めた。

 木製のボロ扉だが、見慣れた魔力が宿っている。

「これは《灰の封印》か……」

 セナが呟く。

(前回は解錠できても反撃を許した。でも今の私なら……!)

「セナさん、ここは私に任せてください」

「アフラ……。よし、ここは任せる。その間に私は双子を何とかする」

 前回は駄目だった。だけど、今なら構造も解錠も理解している。記憶の中のうろ覚えな禁術だが。この1ヶ月、セナと秘密を共有する過程で習得した禁術。

(解錠、それ自体は比較的簡単。でも、そこで油断しちゃ駄目!)

 前回同様、順調に解錠まで進める。ここからだ。鍵をこじ開ける場合、ここから殺人的な魔術が発動する。

(精神を研ぎ澄ませて……行ける今度こそ完璧に)

 時間にして数分程度だろうが、非常に長く感じる。その時、扉から急に魔力が消えるのを感じた。

 即座に防御魔法を展開するが、それは杞憂に終わった。

「セナさん、解錠、完了しました」

 手術が終わったばかりにこの作業だ。力が抜けたように、そう報告するとその場にへたり込んでしまった。

「よくやった……。こちらも丁度終わったところだ……」

 セナの顔は暗かった。いくら死体を集めていても医者として直接手を下すのは抵抗があるのだろう。

「アフラ、まだ残ってるぞ」

「はい……」

 セナに手を取られながら、なんとか立ち上がる。

 魔術的にも構造的にも隔絶された領域、教会の地下にひそむ本当の秘密が、ついにその姿を現す。

 アフラは深く息を吸い、セナにもたれる。

 二人は、扉の奥へと、足を踏み入れる――。




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