第11話 双子の村⑨

「処理が終わったぞ」

 セナが、いつも以上に険しい顔をしながら寝室へ入ってくる。

 時間は既に朝日が昇り、村はとうに目覚めた後であった。

「ああ。で、何か分かったか……?」

「まず、死体だが……。マユ、寝ていないのか」

「それはお互い様だろ」

 真夜中、葬儀屋の変死体を抱え必死にセナの元へと駆け込んだ。セナへ死体を預けると火事場の馬鹿力だったのか男性1人の死体を子供ほどの体躯しかない身体で運んだ反動で全身の力が一気に抜け落ちるのを感じた。

 しかし、何とか這ってたどり着いた部屋では不思議と眠ることが出来なかった。死体の煮沸や葬儀屋を運んだ疲労で気絶しかけた感覚はあった。だが、寝付くことは出来なかった。

(前世ではあんだけ、殺人を命じてたのにな……)

「まあ、あんな目にあったらな」

「……そうか。だが、無理はするな」

「わーってるよ。で、結果は」

「……そうだな」

 セナは一拍置いてから、顔をしかめる。

「死体は、見た目以上に酷く継ぎ接ぎされていた。皮膚だけでなく、臓器まで別人のを継ぎ接ぎされていた。背中の手も全部別人だ。そしてなにより……」

「なにより……?」

「あの手は全員子供の手だ。それも行方不明のな」

「行方不明の子供?」

 調査の段階でやけに双子の数が少ないのは分かっていた。だが、行方不明とは穏やかではない。

「もしかして、資料と双子の数が一致しなかったのって」

「ああ、気付いていたのなら話が早い。双子が産まれる様になったからだ。見た通り、長く生き残れない結合双生児だけでなく、正常な双子の失踪も度々起きているのだよ。そして、見間違いでなければ、移植された手の一部は彼らのモノだ」

「……証拠は?」

「これだ」

 そう言うと、セナは1つのカルテと切除された手をテーブルの上へ置いた。

 カルテはなんてこと無い、ただの膿の切除とその保護の記録だ。

「これは?」

「昔、世話したことのあるガキのカルテだ。本人は単なる肝試しで私の元に来ただけだが、粉瘤があったから切除してやった。あの時の反応は傑作だったな」

 セナが思い出し笑いを必死に堪えてるのが見て取れる。ああ、こう言う所も村人に嫌われる原因なんだなと納得しているとセナが続ける。

「おっと、話が逸れるところだったな。で、そのとき記録として残した身体の特徴が切除された手と一致する。ここを見ろ」

 セナが切除された手の平の一点を指差す。

「これ……ほくろか?」

 ああとセナが頷く。

「知っているかもしれないが、ほくろは通常、顔や足、腕には出来るが手に出来ることは珍しい。手の平となれば尚更だ。私には別人には思えないのだよ」

「確かに……。だけど、じゃあ、誰が、なんのために?」

「それはわからん。だが、この葬儀屋は単なる犯罪の共犯者ではあるが長い付き合いのある人でもある……警告かもな」

「警告……」

 ここ1ヶ月、大々的に双子について嗅ぎ回っていた。ともすれば恐らくこの警告はあたしとセナに対してのモノだ。

 だが、何故?調べられて困るのならば、あたしが来る前から既にセナに対して行っていてもおかしくはない。

(本命はあたしか……?だがそれだったら余計に理由が)

「そして、死体だが、技術こそ拙いが、皮膚や臓器の継ぎ接ぎの仮止め痕、これは医学の心得があるモノの仕業だ。この村で医学の知識を持つ者は、私ともう1人……」

「なっ!?」

 嫌な予感が的中した。この村で医学の心得がある人物は2人しかいない。セナと……メレンゲ師だ。

「マユ、君の想像していることは分かる。だが、聖女であるにも関わらず、それは教会に楯突く行為だ。何より、身を危険にさらす」

「へっ、先生が心配してくれるのか……。大丈夫、当の昔に教会には楯突いてるし、無茶はしねぇよ。いつも通り接して証拠を集めるだけさ」

「……死んでいてもおかしくないほどの怪我で拾ったのが、君との出会いだったな。深入りはしないさ。だが、ほぼ完治しているとは言え、マユ、君は私の助手であり患者ということを忘れるなよ」

「ああ、わかってるよ」

 セナは心配そうな顔を向け部屋を出る。

(やはり……調べるのですか?)

(あたりめーだ。とは言え慎重にだな)

 しばらく休んだら村に行こう。あたしは今日も教会を手伝う“ただの外から来た愛想のいい女の子”だからな。


 

 しばらく休んでから私は地下室を訪れた。

(流石に標本づくりから休まず死体解剖、密葬、隠蔽となると堪えるな……)

 葬儀屋との出会いは私が解剖学を志した頃、先んじて医師として遠方で活躍している兄の紹介であった。

 死体の解剖や医学自体が忌避される世の中だ。こういったアングラな人物は知り合いの紹介によることが殆どで葬儀屋との出会いもそうだった。

 あくまで関係は雇用主と請負人であり、会話らしい会話も珍しい死体が入ったかどうかだとか、他の町にいる奇人を予約するだとかそんなのだけであった。

(それでも、10年以上の付き合いだ)

 人間とは極力関わらない生活をし、1人で研究に没頭する毎日だが、それでも10年の付き合いのある人物が突然無惨に殺されたとなると心持ちは冷静ではいられない。

(この地下室に何度も死体を運び込んだな)

 ただの犯罪現場ではあるが、少なくとも人と関わった数少ない思い出であった。

(確か、裏口を開けた直後に亡くなったはずだ……。ん?)

 マユの証言では裏口から声がして、開けると葬儀屋が倒れ込んで来て亡くなったはずだ。だが、これには若干の違和感を感じていた。

(葬儀屋は地下室への出入りを許可した唯一の人物のハズ)

 助けを求め裏口へ来たというのが、そもそも可笑しいのだ。彼はいつでも入る事ができた。例え瀕死でも。

 裏口の内側、すなわち地下室側を見る。

(血痕が外から中だけでなく、中から外にはらってるな……)

 つまり、葬儀屋は一度地下室の中から外へ放り出されたのだ。

(何故……?いや、鍵か)

 犯人は葬儀屋を鍵として使ったのだ。そうすれば説明が付く。

「となるとマズイぞ……!」

 慌てて、研究資料を確認する。結合双生児の部屋は侵入の形跡は……無い。死体が比較的小さいので1人で運び込みが出来る故に私の他にはマユ以外の入室を許可していないのが偶然活きた。

(だが、床を見ると血を踏んだ足跡があるな……)

 急いで、資料室の方も確認する。

(こ、これは……!?)

 資料室は見るからに荒らされていた。盗まれたモノはないか、その確認をするまでもなく消えていたモノは明らかであった。

(マユの脾臓とカルテが無い!?)

 ここから導き出されるのは最悪の結論だ。恐らくこの殺人と双子の犯人は……とするなら、教会側にマユのことがバレた。

(いや、恐らくあちらも研究はしている。となると教会に報告は行っていない。だが、それだとマユが……!)

 太陽は既に昼を過ぎていた。

 人を心配する。どれくらいの期間、感じたことのなかった感情だろうか。私は護身用の武器だけを手に取り、村へと急いで向かった。

 

 

 

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