第10話 双子の村⑧
グツグツ
「はぁ……はぁ……。き、休憩を……そろそろ……」
「駄目だ。一度煮たら常に様子を見て、沈めないと正確な標本が作れん」
「で、でもよぉ……。うおっ、あちっ!」
「気をつけろ。落ちたら大火傷どころかお前も標本になるぞ」
私はそれでも構わんがと後に付け加え、セナが指示を飛ばす。
(なんでこんな目に……)
灰を溶かした特注の大鍋には、先日買ったばかりの巨人の死体が沈められている。いや、浮かび上がって来るのをあたしが必死に棒で沈めている。
「これほどの巨人はめったにいない。付け狙って、死んだと聞いて、葬儀屋に金を渡し、やっと手に入った死体だ。絶対に失敗するなよ」
セナが見たこともない怖い顔で激を飛ばす。
(クソ、なんで8尺もある死体を溶かさなきゃなんねえんだよ……)
マユはセナの助手と言う名目でこの屋敷に身を置いている。ともあれば、先生であるセナの実験に付き合わされるのは当然のことだ。
(あたしの背を見ろよ。130ちょっとだぞ。こんな肉体労働出来るわけ無いだろ!)
(貧弱ですね)
アフラが煽りを入れてくる。
(肉体労働が無理なんじゃなくて、運動してなかったから小さいんですよ。それに私の通ってた空手教室では真夏に何時間も蒸し暑い稽古場で練習なんて普通でしたよ)
(うるせぇ!てか、いつの時代だよ!あたしと10も違わなかっただろ!そんなに自信あるなら変われ!)
(無理ですよ。ここで入れ替わったらその拍子に落ちちゃうじゃないですか)
チッと心のなかで舌打ちをし、作業に集中する。クソクソクソと心で唱えながらなんとか体を付いていかせるのが精一杯だ。
(うーん、やっぱり、身体の軸がガタガタですね……)
(……あ?)
返す言葉すら出てこない。うだる熱気の中、心の中で舌打ちするのが精一杯だった。
(セナさんを観てください)
アフラに言われセナの方に目を向ける。
同じ時間、沸騰した鍋の側にいるにも関わらず一切の疲れを見せずに、早いうちに融けた先端の骨を回収し、余分な肉をトリミングしている。
(姿勢が良いな……)
(そうです。前にも言った通り、基本中の基本ですが正中線をまっすぐに保つこと、これだけで老人でも何時間も立ち作業が楽になるんです)
(ケッ、本当かよ)
理屈では分かる。身体への負荷を綺麗に分散出来れば疲労は溜まりにくい。しかし……
(でもよ、姿勢を維持するのだってそれなりの筋肉や体力がいるだろ)
(そうですね。だから日常的に意識したり、続けるのが大事なんです。スポーツ選手でも引退して監督や御意見番みたいな座り仕事になると徐々に崩れていきますから)
勿論、歳を取っても維持している人もいるとアフラは続ける。
(現場から離れると崩しガチか……ん?)
何か引っかかるが、熱気のせいでぼーとする。
「こら、ぼーとするな。均一にならなきゃ標本の意味が無いだろ」
セナの声でハッと我に帰る。
それからさらに一時間近く――何度か火加減を調整しつつ、骨の隅々まで灰の中で晒された肉体は、ようやく狙った状態に近づいてきた。
もう、指先の感覚がない。目の奥がズキズキする。熱気で思考が溶けそうだ。
「……よし、引き上げだ。慎重にな」
「しゃあっ……!」
合図と共に、二人で巨人の骨格を引き上げる。熱気にむせ返りながらも、慎重に、丁寧に。崩れかけの意識を引き戻しながら、あたしは全身汗まみれになって作業を終える。
骨だけになった巨人を作業台の上に乗せるとようやく、セナが息を吐いた。
「ふむ、やはり良いな。清掃と固定がまだだが、巨人特有の骨格な歪み、負担で擦り切れた膝、成長過程でどの様に形成されていったかが……」
セナが引き上げられた骨格を観ながらブツブツと早口で喋り始める。
「も、もういいか……?」
「身体の割に骨は存外脆い……ん?ああ、洗浄と固定は私でやるからあっちに――」
(水っ!それと塩!)
セナが言い終わる前に一目散に食堂へとふらつきながら走り出した。
「ふっ、気取っていてもまだまだ子供か……」
*
「んっんっプハァ、生き返る」
食堂に付くと冷却のため魔力の込められた棚からハーブティーを取り出し、一気に飲み干す。その途端、落ち着いたのか、その場にへたり込む。服の下はもうぐっしょりで、頭から湯気が出ていそうなほど火照っていた。
「塩もうめぇ……」
同じく保管されていた岩塩を直接舐める。落ち着くと同時に体温と疲労が一気に体中を駆け抜ける。
(お行儀悪いですし、水のがぶ飲みは体にも悪いですよ)
「うるせぇな……。ふーっ」
アフラのお小言をスルーし、息を吐く。長く息を吐くと大分落ち着いたのか思考もクリアになってきた。
「やっぱり、気の所為だったら良いんだが、メレンゲ師は調べた方がいいな……」
メレンゲ師のことを疑う材料こそあるが、双子しか産まれない要因については皆目検討もつかない。アフラ経由でのこっちの世界の知識と前世の知識を合わせても双子を作るなんて魔法や薬は存在しない。
あたしからしたら気色悪いが、聖職者としてのメレンゲ師は至極真っ当な善人だ。年老いた今でこそシワは多いが顔は整っており、背も高く親切、誰にも分け隔てなく接し、特に子供たちは彼と喜んで楽しそうに遊ぶ姿は何度も見かけた。
(なんで、メレンゲ師のことをそんなに疑うんですか?)
(あんなに理想的な人間なんて、どこかで嘘をついてる気がしてならない。……それに、“子供好き”ってのは経験上、みんな何処かおかしいんだよ)
アフラから突っ込みが入る。当然だ。普通に考え疑う理由もなく、あたしが疑っているのですら、自身が嫌う勘とやらが根拠だ。
「頭、冷やすか……」
地下室なら死体保管のために冷えている。そう思い、地下室へ向かう。
(好んで入るような場所じゃないが、折角許されているんだ、利用しない手はないな)
火照った身体を冷ましに地下室へと入る。想像してたよりも寒く、一瞬身震いするが、直ぐに慣れて気持ちよさだけが残る。
(部屋の真ん中にあった、でっけぇ死体も消えて、いく分かまだマシか……)
そうは思っても、骨格標本や通常の死体やその人体標本、臓器が保管されているのは気味が悪い。
身体が冷えたら直ぐに寝室に戻り休もうと思った時、妙な声が聞こえた。
「旦那ぁ……。ハンターの旦那ぁ……」
声には聞き覚えがあった。セナが懇意にしている葬儀屋の声だ。
(確か、この地下室の存在を知ってる人の1人だったか……)
声は地下室に死体を搬入する際の裏口から聞こえる。裏口へ行き、のぞき穴から外の様子を伺う。
(流石に暗くて見えねぇか……。ん?)
ガリッガリッと扉の下の方から扉を爪で引っ掻くような音が聞こえる。
のぞき穴からなんとか下の方へ視点を移動させると。何かの影がもぞもぞと動いてるのが僅かに見える。
(開けるか……。いや、だが……)
(困っている人がいるのだから開けるべきですよ)
悩んだ末、扉を開ける。
「だ、旦那ぁ……」
「うっ……。しっかりしろ!」
そこには全身を継ぎ接ぎだらけにされ、血を流し、背中には複数の子供の手を“生やされた”葬儀屋が倒れていた。
「おい、大丈夫か!誰がこんなことを……」
「ま、マユちゃん……。双子は……ダメ……だ……」
「待ってろ!すぐに先生とこに……おい……」
葬儀屋はマユの腕の中で既に息を引き取っていた。
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