第9話 双子の村⑦

「いやはや、若いのに関心ですな。若い頃はどうとでもなかったのに歳を取るとどうも資料整理も苦しくて」

「いえいえ、村の人達、特に神父様には良くしてもらっているから当然ですよ」

 あたしは時間を見つけては教会でメレンゲ師の手伝いをしている。表向きは教会の洗礼届や結婚予告を閲覧する代わりに、そのお返しの意味でである。

(嫌な予感はあくまで予感、ただの気の所為か……)

 整理の合間に資料へ目を通す。確かに30年前から双子しか産まれていないのか洗礼書は双子のものだけだ。

(うん……?)

 しかし、洗礼書を読んでて違和感を覚えた。数が合わないのである。ここ1ヶ月、村の若い世代を中心にそれなりの人たちを観察した。資料にもある通り、確かにおおよそ若い年齢層は双子しかいなかったが、洗礼書の数に比べて明らかに人が少ないように感じた。

(えっと、確か双子の家は……)

 教皇区近くのそこそこ大きな村とは言え、地域に絞れば実際の双子の数と資料上の双子の数を比較することは、そう難しくはない。

(厳密には調べてないからわからねぇが、余りに双子の数が少ねぇ。埋葬届けと合わせても感覚と合わねぇな……)

「どうかなされましたか?」

「おっおわ!」

 いきなり、後ろから話しかけられ変な声が出る。

 オトマー・メレンゲ師、マリンサ村へ赴任してちょうど30年になる神父だ。イャザッタを信仰する神父の1人という事以外は詳しいことは知らない。

 御年75になる老齢でありながら顔は整っており、背は一本の芯が通っているかのように姿勢が良く、そのせいか老人でありながら(あたしの身長が子供と変わらないのもあるが)大男にも見える。

「い、いえ、少し資料に集中していたモノで……」

「ははは、一生懸命なのは良いことですが、根を詰めすぎてはいけませんよ。本来なら資料整理は私の仕事なのですから。さあ、休憩としましょうか」

「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

(今のところ変なところは無しか……。やっぱ、ただの善人なのか……?)

(メレンゲさんは過去に何かスポーツ、それも格闘技でもやっていたのでしょうか?)

(あ?なんでそう思う)

(空手と言うよりは格闘技ですけど、ああいう芯の通った姿勢が基本中の基本なんです。でも、日常で意識し続けていないと、なかなか身につかないものです)

(そんなもんか?神父って職業柄、ビシッとすることが多いからそれでじゃないか?)

(その可能性もありますが、神父といえば座り仕事も多いので、それでいてあの姿勢は……)

 アフラの言うこともわからなくはない。実際、メレンゲ師の姿勢は綺麗すぎるほど綺麗だ。あたしに格闘技の経験はないが、知識として芯の通った姿勢が基礎ということは知っている。

「さあ、マユさん、準備が出来ましたよ」

「はい!今行きます!」

 考えているとメレンゲ師が庭園の方から呼びかけてきた。

 教会の裏手にある小さな庭園には、初春らしくハナズオウに似た花が咲いていた。そこに設えられた簡素なテーブルには、白い布がかけられ、素焼きのティーポットと、林檎のジャムを添えた固めのパンが並べられている。

「いやはや、これといった茶菓子もない田舎でね。お口に合えば良いのですが」

「いえ、ありがたいです。むしろ、こういう素朴なのが落ち着くというか……」

 あたしが椅子に腰かけると、メレンゲ師も対面に静かに座る。紅茶の湯気が、ほんのわずかに老神父の銀の髭を揺らす。

「こうして話すのは初めてですかな? 教会の片付けではよく会うが、面と向かって腰を落ち着けるのは」

「そうですね……いつも紙ばっかり見てましたし」

「あなたは誠実なお方だ。村の者にも、私にも分け隔てなく接してくれる。セナ殿と同じですな」

 話の流れが、ふいに変わった気がした。

「そういえば、神父様は先生のことを嫌っていませんよね。その、自分の先生に対してこういうのも変ですが何故なのでしょうか?」

「ええ、まだ若いのに、あの方は立派な医師です。……お若いのに、私などよりずっと聡明でね」

 ふと、メレンゲ師が目を細める。その目は柔らかくもどこか遠くを見ていた。

「私は……かつて、医学を志したことがあるのですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「もう何十年も昔の話です。若い頃、こういうのもアレですが裕福な家庭の産まれだったもので医学を学んでいたのですよ。ですが魔法と比べて、師などいませんから独学となるわけで、どうにも頭がついて行かんかった。薬品名は混ざるし、解剖も不器用で出来はしない……努力はしたつもりですが、才能とは、あるのでしょうな」

 あたしは少し驚いた。神父が、若い頃に医者を目指していたなんて。

「それで、道を変えたんですか?」

「ええ。少しでも人の役に立てるならと、神の道に入りました。今ではこの村が私のすべてです。人々の心を支え、そして……」

 言いかけて、彼はほんの一瞬、言葉を飲んだように見えた。

「……そして、時には薬を渡したり、体調を診たりもします。セナ殿は立派な医師ですが、結局のところ人を癒やすのは医術よりも、信仰や心の持ちようです。だからこそ、私が“医者まがい”の真似事をしているのです」

 その表現に、あたしは微かに引っかかった。「医者まがい」——まるで、本職であることを装うような言い方だった。

「……でも、医者じゃなくても薬の知識があるのって、すごいですよね」

「ふふ、残り香のようなものですよ。若い頃に学んだ断片的な知識が、役に立ってくれている。もっとも、それもあと何年使えるか……」

 そう言って笑う横顔は、まさに善良な老人そのものだった。

「少し、おしゃべりが過ぎましたかな……。歳を取るとどうも」

「いえいえ、貴重なお話ありがとうございます」

 メレンゲ師について知ることが出来たのは収穫だ。ただ、結局、人口の矛盾に関しては聞けず仕舞いだった。

(まあ、また聞く機会はあるか……)

 あたしは休憩を取り終えると資料整理に戻ったのであった。

 

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