第8話 双子の村⑥

「こんにちは、メラおばさん!本日のオススメはなんですか?」

「あら、いらっしゃい!マユちゃん。今日はね……良い塩漬け肉が入ったのよ」

「うーん、じゃあそれを2ブロックいただこうかしら」

「よお、ハンターさんとこのお手伝いさんじゃないか。どうだい、マリンサははもう慣れたかい?」

「アルテリさんもこんにちは!ええ、もうだいぶ馴れました。来た頃は屋敷から中央に来るのも苦労してましたが、今ではへっちゃらです」

「あ~、ハンターさんのとこからは結構離れてるからな。じゃあ、気を付けてな」

「ありがとうございます!アルテリさんも気をつけて」

 外へ出るようになって1ヶ月、我ながらよく馴染んだと思う。

(前世で配信やってた経験が生きたな……)

 コミュニケーションが苦手で社会不適合者となり、大規模殺人の首謀者となったとは言え、仲間を集め協力し、社会への復讐を行う。そんなことを効率よく、バレずに行うには信頼関係やコミュニケーションのすり合わせは必然だ。

 あれほど、嫌った能力こそが社会不適合者なりにも一番重要であり、今も役に立っているのは皮肉でないのなら何であろうか。

(あそこから一ヶ月足らずで、地元の人と親しくなるなんて、人誑しなんですね)

(うるせぇ、黙ってろ)



 ――1ヶ月前

「紹介する。私のところで預かることになった遠縁の娘だ」

「マユと申します。よろしくお願いします!」

「ん?あー、はいはいよろしく」

 辺りを軽く見渡す。店主は商売なので仕方なく返事をしたと言う感じだが、客や通行人はチラリとこちらを見ると直ぐに視線を外し、そそくさと離れていく。

(どんだけ嫌われてんだよ、こいつ……)

 「……行こうか、マユ」

 セナはそのまま歩き出した。表情は変わらないが、あたしにはわかった。平然を装っていても、その背中はどこか硬い。張り詰めた空気が、皮膚越しに伝わってくる。

 道すがら、何人もの村人とすれ違ったが、皆、セナに挨拶はしない。目を逸らすか、あるいはまるで見えていないかのように通り過ぎる。中には、あたしにだけ軽く微笑みを向けてくる者もいた。けれど、その直後、セナの存在に気づいて表情を引きつらせる。

 確かに双子だらけ村だ。似た顔であからさまに嫌な顔をされるのは何とも言えない不気味さがあった。

(まあ、不気味さならセナも大概か……)

 この世界や村の倫理観がどうかは詳しくは知らないが、墓荒らしや葬儀会社との死体取引、それを長年続けているのだ、噂程度にはなっているのだろう。地主の家系だから捕まってはいないのだろうが、忌避されるのは理解に難くない。

「なあ、アンタ……いや、先生ってさ。村人たちに嫌われてるって自覚、あんのか?」

 セナは歩を止め、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。

「……そりゃあ、あるさ」

「じゃあ、理由は?」

「わかっているだろ?いくら隠れてやってたって、研究のための取引は噂になっている。今は亡き父が地主だったから表には言わないだけで、嫌われる理由としては十分だ。まあ、研究に専念できる分、最低限の関わりしか向こうから持ってくれないのは助かるがな」

「そうか……」

 想像通りとは言え、だとすると“セナの助手”としては村人とは関われない。

( ……なら、あたしの役目は決まってる)



 それからの数週間、あたしは徹底して“村の子”を演じた。

 市場に出向いては野菜を選び、パンを買い、漁師の家から塩干しを分けてもらい、子どもたちと挨拶を交わした。誰彼構わず話しかけ、名前を覚え、ちょっとした世間話も仕込んでおいた。配信でやってた「アイドル営業」とそう変わらない。相手の話を遮らず、嫌味には笑って返し、噂話は一歩引いて聞く。基本だ。

 そのうち、「セナさんとこのマユちゃん」は“ただの外から来た愛想のいい女の子”という認識になったらしく、多少警戒はあっても、あからさまな嫌悪は薄れていった。

 ただ。

 町の噂話の中で、医者の名前が出ることは少ない。出たとしても、曖昧な「得体の知れないもの」として語られるばかり。信頼されてもいなければ、直接的に恨まれてもいない。ただ――ひたすらに、“避けられている”。

(まあ、セナ本人はその方が落ち着くだろうが、調査をする身としてはキツイな……)

(セナさん、研究のとき嬉しそうでしたよ。たぶん本当は、誰かと話したいんです)

(……だからって、勝手に決めつけんな)

 流石にちょっとした気絶だったためか助手になる約束をして直ぐにアフラは目覚めた。それ以来、助手として働くあたしにちょくちょく横槍を入れてくる。

(ちょうどいい機会です。セナさんがちょっとおかしいけど良い人だってこととあなたの人間不信を治しましょう)

(余計なお世話だっての……。それにあたしのことは置いておくにしても前者はどうすんだよ)

(いるじゃないですか1人。セナさんの名前を出しても引かなかった人が)

(あー、あの神父か……)

 村にある唯一の教会。そこの神父を勤めるオトマー・メンゲレ師、確かに彼は村人だけでなく初めからあたしにも好意的に接してくれた。勿論、セナに対してもだ。

(そうです。あの神父さんならきっとセナさんの調査にも協力してくれますよ。村人たちだって双子については悩んでいるのは、ここ数週間話して事実でしたし)

(ああ、そうだな。あの神父から切り込むのはありだな……)

 オトマー・メレンゲ師、彼は“30年前に”この村に赴任してきて以降、村人たちからも慕われ、非常に優秀な神父として信頼されている。少なくともあたしとアフラが見た限りでは善人であった。

(だがな……)

 彼の経歴を聞いたときにセナの言葉が引っかかった。

(30年前から双子しか生まれない……その“最初の年”に、彼はこの村に来た)

「この村で双子しか産まれなくなり30年、5歳を迎えられた結合双生児は存在しない」

 


 

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