第7話 双子の村⑤
研究室に展示されている死体は一際異様なモノだった。
地下にある“展示”とは言え、これまでも奇形や障害のある死体は見てきた。 だが、それらはせいぜい“珍しい”程度で、まだ受け入れられる範囲だった。
だが、これは違う。
「シャム双生児……」
結合双生児。この世界での呼び方は知らないが、思わず声が出る。
(グロ画像なんかは前世で嫌というほど見てるが、これはそう言ったのとは別のくるものがあるな……)
流石のあたしでも気分が悪くなっているとセナが声を掛けてきた。
「大丈夫か?ここにあるのでも本の一例だよ。シャム……と言う言い方は知らないが、その様子だとこの様な個体についての知識はありそうだな」
「あ、ああ……。知っているだけだがな……」
「聖女様は博識とは言え、まさかこんな所まで知識があるのは正直驚きだ。まあ、知っているなら改めて言う必要は無いが、結合双生児、東国の方だと“スクナ”と言われるこれが今の研究テーマだ」
研究室の中には実に様々な結合双生児の死体がある。単に腹部が繋がったモノ、首が2つになっているモノ、脳が結合したモノ、そのどれもがこの場所の異様さを際立てている。
だが、どの結合双生児にも共通する特徴があった。
「どの双子も幼くねぇか?」
結合双生児は基本的に短命である。脳の結合などは長く生き残れないことは容易に想像が着くが、腹部の結合や複数の首がある場合などは数十年に渡り生き残るケースも珍しくは無い。そうでなくとも、年齢的に10代の死体があってもおかしくは無いはずだが、ここにある死体はどれも5歳にも満たない様な気がした。
「良い着眼点だ。そう、これらの結合双生児はみな早くに亡くなったモノだ。この村で双子しか産まれなくなり30年、5歳を迎えられた結合双生児は存在しない」
「分離手術とかはしないのか?脳は無理でも、内臓の一部や血管が共有の個体だったら出来そうなもんだが」
「……面白いことを言う聖女様だ。そういえば、瀕死とは言え手術にも抵抗がなかったな。普通は魔法によって大抵の怪我は治るし、それ以外は魔法薬で治すもんだ。物理的に切ったり、くっつけたり、縫ったりの医術なんて金持ちの道楽でしかなく、忌避するモノなのにな。ましてや、各地でそういった行いをしなければならない聖女様ならなおさらだ」
「ま、まあな」
今のは喋り過ぎた。人格や身体のことはバレても、セナはあたし達のことを聖女だと思っている。
(アフラは信仰しているが、あたしはイャザッタを殺さなきゃ気がすまねぇてのは知られるべきではないな……)
「まあいい、つまりだ、そう言った事情でできないのだよ。私としてもその方が研究が進むし……命も助かるかもしれないからな」
「後者は取ってつけたな」
フッと互いに小さく笑い、空気が若干緩む。
「さて、そこで本題だ。結合双生児、それは本来であれば双子、それぞれの胎児が完全に分離して分化する所の一部が繋がったままに成長してしまった故に起きる。結合とまで行かなくとも片方の肉体に完全に吸収されてしまう畸形嚢腫と言う例もある。これは一般に卵管で見られるが皮下にも起きうる。ここでアフラ、君の体だ。全てを見た訳では無いが、筋肉、骨、臓器、あらゆる身体の組織が二重になっている!更に人格としてそれぞれの組織が完全に独立していること、これは1人の体に結合……いや、完璧に融合した双子の形だと私は考えている!」
セナの瞳が、好奇の光でぎらついていた。それは単なる研究者の探求心ではなく、どこか祈るような、願うような熱を帯びていた。
(あたしの体がそんな特異だとわな)
戸惑いと同時に、変な納得もあった。自分の中にアフラがいる。声が聞こえる。感情が共有される。構造的に説明がつくことはある種の安心があった。
「……で、どうしたいんだ?あたしの身体を切り刻ませくれとでも言うんか?」
わざと嫌味をこめて言うと、セナはふっと笑った。
「いやいや、仮にも私は医者だ。治療の結果、死んでしまった人間を捌くことはあっても治療自体は全力だ。意図的に殺すことはない。死ぬまで追うことはあってもね」
セナは一息つくと
「アフラ、つまり君には“助手”として村の調査に協力してほしいんだ。聖女という立場でない、今の姿なら一般人として動ける」
「言っておくが、知識はあっても専門外だぞ。それに金もある。葬儀業者を抱き込んで死体も検体も手に入る。何を手伝うことがあんだ?」
「何、そんな大したことを調べさせるつもりはない。言ったが、双子は30年前から急に100%産まれるようになった。医学よりも呪いや魔法の類の可能性が高い。仮にも聖女だ。そういったことの専門家だろ?医学と魔法、その両面から調査したいのだよ」
しばらく黙って考えたフリをした。本当はもう決めていた。
(……倫理観に反した研究なら、手を貸すってのはありだ)
「わかった。助手でもなんでもやってやる。ただし、協力関係だ。隠し事はなしで行こう」
「約束しよう。あー……。そういえば、名前を良いかな?アフラとは別の人格なのだろう?」
「そうだな……。マユだ。よろしく頼むぜ、“先生”」
「ああこちらこそ、“マユ”」
握手を交わしたセナの手はあたたかかった。それが、少しだけ心地よかった。
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