第6話 双子の村④

「さぶっ!」

 地下室の扉を開けて開口一番に飛び出たのは、その言葉だった。

 新年の式典からまだ1ヶ月ちょっと、まだまだ冬とは言え地下室は想像以上に冷えていた。

(死体云々て言ってたから、そりゃ冷えているだろうけど……)

 体躯が縮んだ影響で布に余裕ができ、隙間から入る乾いた風が身体を冷やしてくる。

(流石に、部屋の灯りを付けるのはリスキーか……)

 寒さに縮みながら持ってきたカンテラに火を灯す。

 薄明かりの中、目が慣れ、見えてきた光景は驚くものであった。

 まずは中央に置かれた解剖台らしきモノへ乗せられた巨大な死体。他にも周りには死体、死体、死体、死体、人間の様々な死体が老人、若人、赤ん坊、妊婦、子供、中年と丁寧に置かれていた。

「どうなってやがる……」

 前世では殺害の指示を行っていたし、ネット上のそういった残酷な画像は見慣れていた。然しながらこれほどまでの数の死体。それもしっかりと整理されている異様な光景を見たことにより思わず声が漏れる。

(中央の死体……。腕3本と半分よりも大きいってことは240cmを優に越すじゃねぇか! なるほど、この前聞いた言葉は「巨人の死体」か)

 となると、そこからは簡単だ。夜な夜なやっていたことは死体の取引、おそらく葬儀業者もグルなのだろう。

(つまり、あたしには治って欲しくなかった。運よく治療に成功しても麻痺で動けず、死にやすい環境であって欲しかったってところか……)

 こう考えると、川で発見されたのも頷ける。放っておけば死んだものの助けたこと自体は医者としての性だが、本来は死体のつもりで“拾った”のだろう。

 だが、そう思うと1つ疑問と言うよりか、好奇心が湧いてくることがある。

(アフラと人格を入れ替えるたびに肉体までもが変化するが、あたしの体はどうなってんだ……?)

 これだけの死体を集め、研究している医者だ。おそらく、川で拾った“死体”の手術は興奮の連続だっただろう。

(まあ、理解したところで、死体になるのはゴメンだがな)

 そう思いながら、地下室の探索を続けると足元に小さな何かが当たった。

(これは……)

 その小さな何かは石であった。石には文様が彫られており、即座に気がついた。これがこの地下室が寒い理由だ。

(微かにだが魔力があるな……。冷えてる理由、これか……。乾燥してるのも風通しが良いのも、この魔石で気流が誘導されてる。こりゃ保存のための環境制御……完璧に“保管庫”だな)

 地下という閉ざされた空間のはずが、まるで外気が循環しているかのような冷たさと乾燥。魔石の配置と床の彫刻をよく観察すると、魔術的な換気システムのようなものが形成されていたことが分かってきた。

(となると、部屋の中でどこが一番冷やしたくて、どこが比較的マシかわかってくるな)

 1番冷える場所、それすなわち死体がそのまま安置されている場所である。予想通り、そこはまだ未解剖の巨人の死体がある解剖台であった。

 では、1番冷えない場所はどこか?気流の動きを読み。淀みの部分へと脚を進める。

「うおっ」

 そこにはすでにアルコールに漬け密封された臓物の類が大量に、だが整然と並べられていた。容器をよく見るとどこの誰の臓器か明確に記されたメモが添えられており、どれも研究資料である事がわかる。

 その中の1つ、1番新しい臓器が目に入った。

「これはどうなってんだ……」

 あまりの驚きに流石のあたしでも血の気が引いていくのがわかる。

 そのラベルには確かに『アフラ・フォーグマ』と書かれている。

 バッと咄嗟に左脇腹へ手をやる。もちろん、そんなので分かるわけが無いが、ラベルに書かれていたことへの反射的な反応であった。

 ラベルには『脾臓』とご丁寧に摘出した日まで添えられて書かれている。

(あの野郎……。勝手に臓器を摘出してやがったっ……!)

 恐怖と怒りが押し寄せてくる。しかし、何よりも理解できる恐怖が勝る。

 まだ、死体に対してならば気持ち悪いに一言での拒否に正当性があっただろう。しかし、ここにあるのは明らかな研究資料だ。入手経路に関しては倫理的な批判はあるだろうが、動機や行っている研究自体は必ずしも否定されるべきものでない。むしろ、あたし的には肯定的に理解できてしまう。

 だからこそ、自身の体から臓器が勝手に摘出されたという事実に動揺しているのだ。

(一旦落ち着け……。まだ情報はあるはずだ)

 カンテラを脾臓に近づける。すると近くにあたしのカルテらしき紙束があることと脾臓の形が記憶にあるモノ(と言っても教科書のモノだが)と違う事に気がついた。

(あれ、脾臓ってもう少し小さくて……)

 ――パチン。

 考えを巡らせていると乾いた音と共に、地下室全体に明かりが灯った。

「そこまでだ、“アフラ・フォーグマ”」

「なっ!?」

 振り返るとそこにはセナがいた。

(今、なんつった?“アフラ”、この姿なのに分かるのか?)

「その表情、“何故、体格が変わっているのにアフラだと分かったのか”と驚いているな」

 ニヤッと笑みを浮かべながらセナは続ける。

「簡単な話だ。前に入れ替わる所を見たからだよ。あれは術後の翌日だ。その体躯からさっきまで動いていた身体にね」

「い、入れ替わった所を見ただと……」

「そう。私も驚いた。だが今の姿を見て確信した。お前、人格を2つ共有しているな?」

 何もかもを見破られている。そして、こちらは死体保管庫に忍び込んだ身だ。

「1つの身体に二重の人格、それ自体は多くの例がある。しかし、体格までも変化するモノは記録とは言えない御伽噺でしか聞いたことがない!フフッ、医者としてこんなにも興奮することがあろうか!」

 セナは恍惚の表情を浮かべながら熱弁を振るう。

「特に、外科的に興味深いのは君たちの骨格や臓器だ!見たまえ!」

「おわっ!」

 あたしの体を跳ね除け、アフラの脾臓と他の脾臓標本を彼は手に取った。

「こちらが通常の脾臓だ。なんてことは無い。だが、アフラ、君の脾臓はどうだ!内部へ裏返しにする様に二重に脾臓が構成されている!ここに標本が“まだ”無いから口頭で説明するしかないが、これは手術をした時の他の臓器、骨格もこうなっていた!実に神秘的としか言い様がないのだよ!」

 そう言いながら、セナはあたしの脾臓に頬擦りをする。

「く、狂ってやがる……」

「研究とは狂気に宿るものだよ」

 理解できるからこその行き過ぎた狂気に思わず本音が漏れる。だがセナは気にする様子もなく、頬を紅潮させながら脾臓を台座にそっと戻すと、こちらを振り返った。

「アフラ、君の身体は──いや、君たちの身体は、いまや私の研究の核心だ」

「はあっ?」

「死体の収集、それ自体は魔法による治療が広まっている中、ただの趣味の研究でしか無いが、この村の特性を解き明かすのが専らの研究テーマなのだよ」

「この村の特性?」

 そういえば、この村に来てから屋敷の外には出たことがなかった。唯一知っている外の様子といえば窓の外から見ることの出来るのどかな田園風景とその先に薄っすらと見える中心部の区画ぐらいだ。

「奇妙なことにこの村ではここ30年ほど、双子しか産まれていない」

「双子しか?」

「双子“しか”だ」

 双子の産まれる確率。確か、自然妊娠では1%ほどのはずだ。この村の出生率がどれほどかは知らないが、“しか”というのはおかしな話だ。

「ついて来たまえ」

 セナは先程まで高揚した顔からスンッと普段の冷静な顔に戻すと背を向け、歩き始めた。

「知っているだろうが、双子、それ自体はさほど珍しいことではない。医者をしていればなおさらだ。だが、それしか産まれないと言うのは誰が見たっておかしな話だ」

 彼はそう語りつつ、まだ見ていない区画の扉の前へ立った。

「正直、地下室の施錠だけで十分だとは思っているのだが、念の為というやつだ」

 ポケットから取り出した鍵にはわずかだが魔力のようなモノを感じた。彼はそれを鍵穴に挿し込み扉を開けた。

(《灰の封印》か……。そういえば、なんでこんな禁術を覚えてるかもまだ聞いてねぇな)

「こんなのはただの偶然だよ」

(!?)

 こちらの考えを見透かしたかのようにセナは続けた。

「《灰の封印》、元はイャザッタが降り立つよりも前に異教徒が聖域の保護のために生み出したモノとされてるが、ある程度の大きな農家には大昔は一般的だったと聞いている」

「こんな危険な魔法がか?」

「そう、サイロの中の“発酵物”が見つかったら命の危険があるからね。今も昔も……というわけだ。つまり、ここからは知る事自体が教会の罪に問われる可能性があるということだ」

 セナはこちらを振り返り立ち止まった。

「引き返すなら今のうちだ。君に特別な事情があるのは分かるが、これ以上は異端の誹りを受けることは免れられない研究だ。それでも入るか?」

「へっ、何を聞くかと思ったら。残念だが、あたしは聖女でありながら、既に死んだことになっている身だ。なのに生きている。異端も異端、ド異端よ。断る理由はない」

「そうか、助かるよ」

 さっきの興奮した顔とは違う。どこかホッとしたような、初めてセナの人間味ある顔を見た気がした。

 

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