第3話 双子の村①
目が覚めると見慣れない天井が目に入った。一切の身動きが取れず、唯一動かせるのは顔の左側だけだ。アルコールのツンとした匂いが微かに漂ってくるのを鼻に感じる。
声を出そうとしてもお腹に力が入る度に激痛が走り、呻くことすら出来ない。ふんすっと鼻息を荒らげて音を出そうとも鼻が折れているのか血が絡み息が詰まる。
カッガッグポッ
だが、幸運なことに息が詰まったおかげで音を出すことには成功したらしい。
「やれやれ、日曜だってのに患者の世話か」
一人の男性の声が近づいてくるのがわかる。左目を動かしてなんとか彼の方を見る。その時、彼と目があった。
「おっ、驚いた。もう意識が戻ったか」
男は白髪で髪は短く、くせっ毛、服装は貴族のようにキッチリした正装をしており、齢は30代前半に見える。
「ガッガラックポッ」
「お、そうだ忘れるところだった。気道に血が詰まったんだったな」
男は注射器を取り出し、鼻の穴らしきところに突っ込み処置を始めた。
「ッッ゙」
「我慢しろ、生きていただけでも奇跡なんだぞ」
当然、激痛が走る。今世では体験したことはないが、前世では体験したことのある懐かしい痛みだ。
(警官を目指して、空手をやっていた時は鼻が折れて、血を抜くなんてこともありましたね……)
痛みが前世への懐かしさを思い起こさせる。
(生きてただけでも“奇跡”ですか……)
麻友の記憶から大まかに自分の身に何があったかは把握している。たった一撃のクリティカルヒットで死んだ前世に比べ、あそこまでされて生きている今世は正に奇跡なのだろう。
(つまり、まだやるべきことが……)
「お疲れさん。ほら、処置は終わりだ。その怪我じゃまだ喋れんだろ。種々聞きたいことはあるが、まあ無理だろうな」
男の言葉が今の状況へと引き戻す。
「ゥ゙ン゙」
声は出せずともなんとか音を出そうとする。
「あー、そうだな。意識が戻ったのなら一応医者として話を聞かなきゃか……」
男は「まいったな……」と若干の困り顔を浮かべ言葉を続ける。
「まだ、意思疎通はこんなんだから、こちらから説明だけする。私の名前はセナ・ハンター、ここマリンサ村で外科医をしている。と言っても知っての通り、民間にも治療魔法が広がって、ほぼ金持ちの趣味みたいなもんだが、御多分に漏れず、私も大地主の末っ子としてほぼ趣味みたいなモンやらしてもらってるよ」
セナ・ハンターと名乗った男はどうやら、3日ほど前の夜、偶然散歩していたところ川辺に流れ着いた私を発見し、介抱してくれたらしい。
(街頭もろくにない村の夜間、それも水場で散歩……?)
若干、彼の語る状況について疑問に思いながらもとりあえずの状況は飲み込めた。
「まあ、詳しい事情は口がきけるようになってからにするとしておいて、頭部骨折、腕と足も露出骨折して、おまけに肋骨も折れて腸を突き破ってる。運良く致命的な臓器は軽く傷ついてるだけだが、胸から下は切開していない箇所が無いくらいの大手術で、骨を抜いて傷口は治癒魔法で閉口、骨は石膏で形を整え固定、今は骨が安定するまで全身を石膏で固めて動けないが、まあ3ヶ月は我慢だな。その後、リハビリをして動けるかどうかギリギリってとこだが、そこは人によってってとこか。最低でも麻痺は残るから覚悟はしておけ」
麻痺が残る。その言葉で多少気分は盛り下がったが、絶望はなかった。女神イャザッタに逆らったのだからその程度の試練は甘んじて受け入れる覚悟はあったからだ。
(けっ。相変わらず甘ちゃんだな)
(ッ!?)
身体を共有しているのだから当然だが意識の底から麻友が目覚めてきた。
(良いか?このレベルの怪我だ。なんとか歩けるとかそういうレベルの麻痺じゃなくて、一日の内で数分しか動けないってレベルの麻痺の可能性が大きいんだぞ。そうなると布教どころか誰かに世話をみてもらわなきゃならない。教皇区ではどうせ死んだことになっているだろうし、誰が人生を注いであたしらの世話をすると思っているんだ?)
(そんなのやってみなきゃわかりません。それに身体は丈夫なんですよ)
(どうだか……)
「ん、どうした?やっぱり不安か。安心しろ。その時は……おっと、こういうのは意思疎通が出来るようになってからだな」
どういうわけかセナの顔が一瞬嬉しそうに輝いた気がした。
この時はまだ彼の真意を知らなかったのである。
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