第2話 水底から

 来て欲しくないと言った授業参観へ来た、残してすらいない食べ物を横から一口奪い取る、着替えた後に気に入らないからやり直しさせる、自分の当たった懸賞を横取りされた挙句使わない、一つ一つ見れば些細なことだ。しかし、謝られたことなど稀で、仮に謝られても「私が悪かったってことだよね!」と開き直られるのが常だった。

(なにコレ……知らない記憶、知らない感情)

「なーに、人の記憶勝手に覗いてんだ」

「あ、あなたは!」

 暗い暗い空間の中、そこにはかつて私を殺した人物――明空麻友がいた。

「まあ、もうじき死ぬし、あたしらには関係ねぇことか。あたしだって勝手に覗いてたしな」

「何を言っているの……?」

 理解できなかった。確か、卒業式で聖女に任命されて、それから……。

「それから、あたしがこの身体を操ってイャザッタに挑み、負けて、死んだ。それだけだ」

「!?」

「今頃、どっかの川を流れてんだろ。運良く拾われれば埋葬、最悪ガス溜まりで……ボンっだ」

 麻友は手をグッパと開きジェスチャーをする。そしてやっと理解する。卒業式の前日から感じていた違和感、私の身体に明空麻友は入り込んでいたのだ。

「そんな……前世だけじゃなくて、今世も……。これから聖女として成すべきことがたくさんあったのに……」

 肩を落とす甘香を見下ろしながら、麻友は口の端を歪めた。

「ははっ、まだ“聖女”でいるつもりか?お前もあたしも死んだんだ」

「……私はただ精一杯っ!」

「精一杯だからなんだ?それで救えるのか?過去を巻き返せるのか?分かり合えるんか?そのうえで救えるんか?」

「っ……!」

 言葉に詰まる。答えるには、まだ余りに何も知らなすぎた。

「両親に愛され、両親を愛し、世間一般で言う幸せな家庭に産まれたお前にはわかんねぇだろ。今世でも親はいないものの、教会はテメェの才能を認めて上へ推薦してくれるほど良い環境だ。教皇区でも挫折すること無く、前世から引き継ぎ、イャザッタから与えられた“だけ”の才能で優秀な“良い子ちゃん”でいた」

「ち、違う!私はっ」

「何も違わねぇ」

 麻友が邪悪な笑みを浮かべながら私を否定する。

「どう話し合おう、分かり合おうって考えてもテメェは“事情があっても殺人は悪いこと”て考えているだろ?だが、どんな残虐な殺人者も大概過去は悲惨な何かしらを抱えている。殺人に限らず、すべての行動に善いも悪いもない。ただ、行為そのものの労力や罰則というコストで大抵は踏ん切りがつかないだけだ。きっかけはなんだって良い、そのコストを自分の中で踏み倒せる算段が、無視出来る理由が出来たから殺すんだ。その時、殺人すら肯定されてんだよそいつの中じゃ。テメェにその感覚がわかるか?」

 言っていることは滅茶苦茶だ。だけども、的確に論理の隙を突いてくる。

「それに、あたしだってな、仕方ないとは納得しているとは言え、テメェに殺され、今はそのお前が信じるイャザッタに殺さたんだ。ああ、もしかしたら分かり合えるかもな。互いに人殺しとして、どんな理屈で自己正当化するのかって楽しく“話し合い”ながらな」

 ハハハっと麻友が高笑いをしている。

「わ、私はそれでも分かり合えると信じてる!例え、あなたとでも分かり合えるって、人間はそんなに愚かじゃないって!あなたが今まで関わってきた人たちを否定するように、私は今まで支えてきた人たちを肯定したい。ごめんねと言えば許されて、ありがとうと言えば喜ばれて――そんな当たり前が通じる世界を、私は信じたいんです」

「あぁん?」

 露骨に麻友の機嫌が悪くなる。

「その“例え、あなたとでも”ってのに全部入ってんだよな……。まあいい、もし次もあるならどっちが正しいか賭けてみよう。もう無いかもだがな!」

 まだ迷いながらも光だけは見失わない。闇の底に差し込んだ、ほんのわずかな光が――意識の淵に触れた。

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