第4話 双子の村②

「驚いた……。いや、もはや恐怖を覚えるレベルだよ……」

 40日後、驚異的な回復速度で全身のギプスが外れ、リハビリが開始される。

 女神の加護のおかげか、鎮痛剤が一切効かず、意識が戻ってからは激痛に耐え続ける日々だった。それでも、心配していた麻痺は一切残らなかった。

「加護の中には状態回復もあるが、神経損傷による麻痺にも効くのか……」

 医者としては一切の障害が残らないことは喜ばしことであるはずなのにセナの表情はどこか悔しげであった。

「まるでバケモンだな……」

(バケモンかよコイツ……)

 セナが医者としても引くしかないのと同時に麻友にも引かれているのを感じる。

「聖女に任命されるには首席を修める必要がありますから。もちろん、武術訓練なども含めてです!」

 リハビリと称してセナの屋敷の家事を手伝うことになった。末っ子とは言え、さすが大地主の屋敷だ。一人で暮らすには不便なほど広い。

 医者をやっているとのことだが私が入院している部屋を除き病室のようなところは見当たらない。一応、診察室的な場所はあったものの本人も言っているように本当に趣味のようなモノなのだろう。

(便利な魔法がありますから仕方ないですよね)

 この世界に生を受けて驚いたことの1つであるのが、魔法や加護の存在だ。軽い怪我であれば余程才能の無い人を除いて治癒魔法で直ぐに治ってしまう。私ほどの大怪我は流石にある程度の魔力が必要になるものの、それでも怪我だけなら治癒魔法で治ってしまうのだ。

 そして、産まれ持っている女神様からの加護、これは個人差が魔法以上に激しいが私の場合は毒や麻痺といった状態異常が効かないらしい(流石に神経損傷や低酸素状態による麻痺にも有効なのは驚いたが)。

 こうした魔法の存在は人々の暮らしを豊かにした反面、科学文明の発展は遅れている。

 数日前の私みたいに死を免れられない様な怪我を除き、治ってしまうのだから人体を研究する必要がないのだ。例え人体に有害であったり、危険な技術も直ぐに治ってしまうので改善する必要はない。

(あたしに言わせりゃ、科学も魔法もそれを軸に発展して“しまった”て点では変わらねぇがな)

 麻友が思考に入り込んでくる。

(折角のリハビリ中に邪魔しないでください!)

(リハビリとかもう必要ねぇだろ……)

(まだ、健康な頃に比べて体力と筋力が落ちていますから、それが治るまではリハビリですよ)

(さいですか……)

 不健康な生活はメンタルにも影響する。今は人生の底だ。だからこそ、ここでしっかりと体の調子を整える必要がある。

(まあ、それはさて置き、セナって奴は信用なるのか)

(それは……)

 この屋敷で過ごすに当たっていくつかのルールが設けられている。

・外出の禁止

・薬品の類には触れない

・地下室へは入ってはならない

・夜間は日没とともに食堂と病室以外利用禁止

 考えてみれば当たり前のルールではある。

 外出の禁止、これは少なくとも教皇区では死んだと思われている聖女が現れたら混乱が起きることは容易に想像が付くのでわかる。いくら教皇区の外とは言え村と教皇区の距離はさほど離れていない。村の教会やその他有力者には聖女が死んだという情報は行っているかもしれない。

 薬品にの類。これも当然だ。いくら前世の知識があるとはいえ私も麻友も医学はさっぱり。言われなくても触れないだろう(麻友は別の意味で触れそうだが)。

 地下室の進入禁止。あくまで人の家なのだから入ってはならない部屋のいくつかはあってもおかしくはない。だけども……。

(地下室の施錠だけ異常だったな……)

(ええ……)

 入るなと言われたら入りたくなるのが人間の心理というものだ。実際に入るわけではなくとも気になって扉の前へは行ったことがある。

(魔法による施錠がされていました。それも非常に強力で、殺傷性のある)

 学園で禁術について学んだ時、その中でも極めて危険とされる《灰の封印》——それが、あの地下室の扉に施されていたのだ。

 ただ、貴重品を隠すにしても強力過ぎる魔法。事実、教皇区の学園でも存在と効果だけで具体的な内容については記述されていなかった。

(禁術を使ってでも隠したいモノ。しかも、どこでその禁術を知ったかも大分怪しいじゃねぇか)

 麻友の言うこともわかる。確実になにか良からぬものをセナは隠している。

(だからって見て良い理由にはなりませんよ)

(けっ、詰まんねぇこった)

 そして最後、夜間の行動制限だ。これも当たり前だが、他に意図があるように思える。というのも、夜間に病室でリハビリに励んでいる時、その日は嵐であったにも関わらず、外にカンテラとスコップを持って駆けていくセナの姿を窓越しから目撃したのである。また、ある時は屋敷の裏口に死体搬送用の馬車、そしておそらく葬儀業者らしき人物を侍らして何かを地下へと運んでいた姿も目撃した。



 ——その夜。

 カツ、コツ……カツ

 病室を抜け出し、食堂を外れ、地下室近くの廊下で息を潜め、耳を澄ます。その時、まるで何か硬いものを引きずるような音が床下から聞こえた。

 しばらく、耳を傾けていると誰かと話している声が聞こえてきた。

「……あ、注文……巨……死体。手に……」

「ご……、……良い死体……思ったら、……吹き返して……だったから……良い収穫……」

(!?)

 はっきりと聞こえた“死体”という言葉、それに“良い死体”、“吹き替えして”という言葉から察するに……

(こりゃ、あたしらの身体も狙われてるな)

(そ、そんなことは……セナさんは命の恩人で、助けてくれたんですよ!)

 信じられない想像が頭を過る。彼のことが悪人だとは思えない。だけども“死体”その言葉は確実に聞こえた事実は否定できない。

(こりゃ、確かめないとだな?どうする、信じて話し合って見るか?)

(……)

 ——確かめなければ、話し合いも、理解も、始まりようがない。

 そう思ったのは、麻友ではない。私自身の、揺るぎない意思だった。


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