第21話 それぞれの結末
結末は、一つではなかった。
誰かが劇的に去り、誰かが断罪されるような出来事は起きていない。現場は、淡々と日常を続けている。ただ、その日常の中身が、少しずつ変わった。
久我は、副主任の職を外れた。
懲戒ではない。
異動でもない。
「配置の見直し」という名目で、評価設計から一歩引いた立場に移った。若手の教育や資料整理が主な役割になる。表向きは穏当な処遇だが、それが彼にとって簡単な受け入れでないことは、誰の目にも明らかだった。
それでも、久我は異を唱えなかった。
評価室の外で、彼は以前より長く若手と話すようになった。設計を語る代わりに、経験談を語る。事故を直接口にすることはないが、言葉の端々に、かつての確信が薄れているのが分かる。
木下は、声かけの仕方を変えた。
励ます言葉は減り、確認の言葉が増えた。
「どう感じますか」
「ここで休みますか」
患者の答えを待つ時間が、以前より長い。最初はぎこちなかったが、次第に自然になっていった。患者の表情も、穏やかだ。
「前より、楽ですよ」
そう言われたとき、木下は照れたように笑った。
成瀬は、相変わらず評価室の隅に立っている。
だが、沈黙の質が変わった。
必要なときには、短く声を出す。
止める理由を、言葉にする。
「ここで、一度切ろう」
その一言が、場の流れを変える。
誰も、それを不自然だとは思わない。
そして、叶多。
彼は、評価の中心に立つことが増えた。
主導する回数が増え、責任も重くなる。
だが、不思議と、孤独は感じなかった。
止める判断をするとき、必ず誰かの視線を感じる。
賛同か、疑問かは分からない。
それでも、一人ではない。
ある日、久我が声をかけてきた。
「橘」
「はい」
「……お前の設計、悪くない」
それだけだった。
謝罪も、肯定もない。
だが、久我にとっては、精一杯の言葉だと分かった。
五年前の事故について、公式な再検証は行われなかった。
Aの名前が、公に語られることもない。
それを「不十分」と感じる者もいるだろう。
だが、現場にいる叶多には、別の実感があった。
過去は、戻らない。
だが、同じ構造を繰り返さない選択はできる。
それぞれが、それぞれの形で、結末を引き受けている。
誰も完全には救われていない。
だが、誰も一人で壊れてはいない。
その状態を、叶多は「前進」だと思った。
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