第3話
「……ん?」
はて、何かおかしい。
一瞬、記憶が抜けた気がした。手にはバイト代で買ったゲーム機――Xbox Series Xのコントローラー。
テレビに起動画面が表示されているのは、海外で人気のネット対戦型のシューティングゲームだ。日本人プレイヤーは少ないので、ボイチャを繋げると外国語しか聞こえてこないのはザラ。
「なんか忘れてるような……」
だが、何も思い出せない。時計を見ると21時半。まだ夜は始まったばかりだ。
2時に設定されたアラームを横目に、対戦を開始する――
「んでさ、なんかおかしいんだよ」
『えー、痴呆症?』
「ちげーよ」
『でもあきくんのそっくりさんなんて、そうそういなくない?』
「まぁ、そう思うけど」
ボイチャを繋げ、聞こえるのは女の声。
俺のイトコの、葛木ぼたんだ。
俺の1個下で、家は3軒隣。物心つく前から一緒に育ってる、妹分みたいなもんだ。
俺にゲームを教えたのもぼたんだし、このゲームに最初に嵌ったのもぼたん。俺の趣味はぼたんによって形成されているといっても過言ではない。
ぼたんは、オタクなのだ。それも、広く浅いタイプの。
ゲームもする、アニメも見る、漫画も読むし、小説も読む。映画も見るし、漫画で読んだからって突然バレーを始めたりするし、1か月で飽きて辞めたりもする。
適当な女だ。今二人でプレイしてるこのゲームだって、たぶん来月には辞めてるだろう。
『会長と、副会長。そのどっちもがちょっとおかしくて、クラスメイトもなんか変、と』
「だろ、やっぱり」
『うーん……、本当にただのあきくんのそっくりさんって線が一番有力かなぁ』
「……居るか? そんなん」
『居ないよねぇ』
くすくすと、小さく笑われる。
それもそのはず、俺の身長は高2にして189cm、体重は――92kg。
何故運動部ではないのかとすべての運動部員に言われるほど、恵まれた体格の持ち主なのだ。
とはいえ、全く身体を動かしてないわけではない。週3日は祖父の道場に通い、柔道を習っている。
そんな俺が部活に入っていないのは、家から一番近い高校に、柔道部がなかったからだ。
昔からやらされているのでもう習慣になっているが、別に部活でまでやりたいというほど柔道のことが好きなわけではない。
正直いつ辞めても良いと思ってるけど、年々門下生が減っていく道場を見ていると、「俺も辞めるわ」なんて言えないというだけ。ちなみにぼたんは中1で辞めた。逆にぼたんの性格で4歳から12歳まで続いたのは正直すごいと思う。
『あれ? でもごはんは?』
「食べたぞ?」
『……今日も昨日もうち来てないよね? ばあちゃん言ってたよ。どこで食べたの?』
「…………ん?」
あれ、おかしい。
俺はいつも、ぼたんの家――道場をやってる祖父の家で夕飯を食べているのだ。両親の帰りが遅いので、物心ついた時からご相伴に預かっている。
ぼたんが夕食の席に居ることはまずない。というのもぼたんは基本的に一人で食事を摂りたいタイプだからだ。いつもぼたんの分の夕飯はおぼんに用意されており、食べたくなったら取りに来ている。
だからといって、ぼたんは別に引きこもりというわけではない。普通に学校には毎日通ってるし遅刻もしない。まぁ遅刻しないだけで、授業中は寝てばかりのようだが。
「……あれ、俺今日の夜、何食べた? っていうか昨日も?」
『知らないよ? 食べ忘れた?』
「いや、…………腹は減ってない。食べたはずだ」
腹をさする。もし食べ忘れているのだとしたら、0時回って空腹を感じないはずがない。
――だが、何を食べたか思い出せないのだ。
『待って待って、あきくんおかしい』
「…………」
『クラスメイトとか会長じゃなくて、おかしいのあきくんの方だよ?』
「…………マジで?」
どうやら、おかしいのは俺らしい。マジで?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます