第2話 12月25日

 夜中のアルバイトの疲れから、起きると正午になっていた。

 俺は、あくびをしながらフラフラと冷蔵庫に向かい、買っていたサラダチキンと豆乳を用意してソファーに座る。

 サラダチキンを食べながら、何気なくテレビをつけると、昼のニュース番組が流れ始める。

 しかし、画面の向こう側の様子は、普段通りのスタジオからのニュースではなく、アナウンサーが外から緊迫した様子を伝えていた。テロップには【速報】の文字がある。何事かとテレビを見ていると、規制テープが張られている場所は小学校であった。学校周辺には、カメラを向けている記者やカメラマン、アナウンサーが複数人写り込んでいた。


「本日九時頃、地域のクリスマスイベントで小学校に集まっていた保護者、児童、あわせて四十五名ほどに嘔吐や呼吸困難といった症状が現れ、児童数名は意識不明の重体となっているようです。警察は、何らかのガスや毒が使用されたのではないかと疑っており、事件性があると判断して慎重に捜査を進めています。現場付近は、閑静な住宅地で、住民にも不安が広がっている様子です。」


 そこまでニュースを見ていて、ふと、近所であることに気がついた。しかも、それだけではない。昨夜、俺がサンタ役になりプレゼントを配り歩いていた地域であることに気がついた。

 もしかしてと思い、サンタ役のアルバイトが採用された時のメールに添付されていた地図のコピーを机に広げ、さらに、昨夜貰った届け先の住所と苗字が書かれたリストの住所の家の位置を地図上から探し、該当の箇所に印をつけていく。まさかとは思いつつ、その後、印をつけた家を線でつなぐと、地図上に円が浮かび上がり、なんとなく魔法陣のような形にも見えるものであった。

 俺はその円の中心に何があるのか、確認せずとも心の中では見当がついていたが、確証はなかった。そして恐る恐る中心を確認すると、ニュースで報道されている小学校が位置していた。

 理解した追いついた瞬間、背筋を氷水で撫でられたように、冷や汗と恐怖が一気に噴き上がる。

 俺は、取り返しのつかない事件を引き起こした加害者になってしまったのではないか。その思いが胸を締め付け、喉がヒュッと鳴る。

「あ、ああ、あ…」

 かすれた息とともに、かすかに声が漏れだす。


 数時間後、再びニュースで続報が報道されている。残念なことに複数名の児童が、治療の甲斐も虚しく死亡したとのこと。数人の児童の顔写真が名前と共に報道されている。偶然か、昨夜プレゼントを配達した家の玄関の椅子に座らされていた人形の表情と児童の顔は似ており、苗字は一致していた。

 依然として、体調不良を引き起こした原因の特定は出来ていないらしい。


 きっと昨夜のアルバイトは、ただのアルバイトではなかった。俺が中心となって、何らかの儀式をしてしまっていたのだろう。昨夜のアルバイトの関係者へ連絡を取ろうとしてみたが、音信不通になっていた。

 想像になってしまうが、誰かの強い恨みがあり、何らかの方法で呪術を知った何者かが、アルバイトの求人を出して呪いの実行者を探していたのではないか。


 事件とは対照的に、街では陽気なクリスマスソングが流れ、子供はサンタクロースからもらったプレゼントの会話で盛り上がっている。恋人たちはイルミネーションを見ながら愛を深めている。

 事件は人々の幸せで上書きされ、次第に記憶から薄れていく。俺はいつか自分がこの事件に関わったという事実が明るみになるのではなかと怯えながら、日々を過ごしていく。歳を重ねて恋人や子供が生まれても、クリスマスが巡ってくるたび、あの事件の記憶が決まって胸の底から立ち上がってくる。

 自分もまた、その出来事の一端を担っていたのではないか、そんな疑念が影のように寄り添い、祝祭の光の中に身を浸すことができない。

 鈴の音も、笑顔も、どこか遠い。

 だからきっと、この先どれほど歳月を重ねても、心から幸福なクリスマスが訪れることはないのだろう。


                    了

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【急募】サンタ役代行のアルバイト 板垣鳳音 @118takane

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