第3話 終わらない宴と、解き放たれる怪物

試験開始から三十分が経過した。俺は交差点の信号機の上に立ち、戦場を見下ろして眉をひそめた。


「……おかしいな」


敵の数が減らないどころか、時間経過と共に湧き出る魔物の量もランクも徐々に上がっている気がする。 受験生たちの肩で息をする音が大きくなっていた。魔力切れを起こして避難する者も出始めている。 この試験、ただ耐えればいいというものじゃないのか?


「オラオラァ! 燃え尽きろ雑魚ども!」


西側の通りでは、青い炎を撒き散らす青髪の少年(緋焔)が、汚い高笑いを上げていた。


「ハッ、下品な笑い方だな。育ちが知れるよ」


その背後で、金髪の少年(コウ)が呆れたように吐き捨てる。  彼は緋焔が焼き漏らした敵を、目にも留まらぬ雷速で処理していた。


「あぁん? すかしやがって電気野郎。テメェこそ俺が弱らせてるから戦えてるんだろ?」


「君が周囲を火の海にするから、避難経路の確保に手間取っているんだ。少しは頭を使ったらどうだ?」


「へっ! じゃあ勝負だ。このエリアの敵、どっちが多く殺るか。負けた方は犬の真似してキャンと鳴きな!」


緋焔はそう喚くと、さらに火力を上げて突っ込んでいった。コウは「……野蛮人が」と溜め息をついたが、負けず嫌いなのだろう。バチバチと雷光を激しく放ち、緋焔以上の速度で敵を殲滅し始めた。


(……あの通りは大丈夫そうだな。放っておこう)


俺は視線を戻す。 問題は、この終わりの見えない供給だ。俺はゲートに目をやり、違和感の正体を探るべく、ゲートを俯瞰できるビルの屋上へと跳んだ。


屋上には、すでに先客が二人いた。一人は、眼鏡をかけた知的な雰囲気の男子生徒。分厚い魔導書のような端末を開き、ブツブツと何かを計算している。もう一人は、水色の長い髪を揺らす、冷ややかな雰囲気の美少女。彼女は氷で作った弓を持ち、戦場を静かに見下ろしていた。


「……君も、気づいたのかい?」


眼鏡の彼が、手元の本から目を離さずに声をかけてきた。


「ああ。ゲートの奥……紫に光る結晶が見えた」


「やはりな。僕の解析でも、あの結晶からゲート維持の魔力が供給されている反応が出た」


「僕は三雲 悟(ミクモ サトル)、こちらは氷堂 雫(ひょうどう しずく)といいます。」


「俺は須波 レンだ」


簡単な自己紹介を済ませると、三雲は深刻な顔で顎に手を当てた。


「問題は、あの結晶を壊した時の反応だ。ゲートが消滅するだけならいいが、逆に魔力が暴走して大爆発を起こす可能性もある。あるいは、強力なトラップが作動するかも……」


「ああ。下手に手を出して状況が悪化したら目も当てられない。慎重に検証した方が……」


俺と三雲が難しい顔で唸っていた、その時だった。


ヒュンッ!


隣で風切り音がした。見ると、氷堂雫がいつの間にか氷の弓を引き絞り、矢を放った直後だった。


「えっ」


「ちょっ!?」


俺と三雲の声が重なる。放たれた氷の矢は、美しい線を描いて南側のゲートへ吸い込まれ――。


パリンッ!


小気味よい音と共に結晶が砕け、南側のゲートが霧散した。爆発も、トラップもなし。ただ魔物の供給が止まっただけだ。


「あ……」


雫はキョトンとした顔で、消えたゲートに呆然とする俺たちの顔を見て、ふわりと花が綻ぶように笑った。


「消えたね。……ふふっ、やってみないとわかんないでしょ?」


その笑顔は、氷のような外見からは想像もつかないほど、あどけなく無邪気だった。  悪びれる様子ゼロの天然っぷりに、俺と三雲は毒気を抜かれたというか、なんというか……。


「……ははっ、敵わないな」

三雲は昔から彼女に振り回されているのだろう、呆れたような、しかし慣れた様子で言葉をこぼした。


「……君、見た目に反して豪胆だね」


俺たちは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。この緊迫した状況で、その笑顔は反則だろ。


「コホン。……まあ、結果オーライだ」


三雲がわざとらしく咳払いをして、眼鏡の位置を直す。


「正解は『破壊』だと分かった。残るゲートは三つ。」


「私が西をやる。あそこなら射線が通るから」


「僕はあまり機動力ないんだけど、南側頼めるかい。」


「了解、俺は南ね。」


 方針は決まった。  三人は短く頷き合うと、それぞれの持ち場へと散った。



俺は群がる雑魚の上を飛ぶように走っていく。殲滅よりも供給を止める方が先決だ。


ゲート付近まで来た。これを壊せば止まると空気を圧縮していたその時...


「おい、そこ退けよ!」


背後から殺気と共に、爆風が迫った。例の爆発使いの男だ。俺が彼の狩場を荒らそうとしていると勘違いしたらしい。


「ここは俺の狩り場だ!邪魔な奴は消えろ!」


「……ッ!?」


反応が遅れた。俺はとっさに背中に膜を展開するが、完全に防ぎきれない。


ドガァン!!


衝撃が背中を突き抜け、俺は無様に吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられた。


「ぐ、ぅ……ッ」


口の中に鉄の味が広がる。HPゲージがガクンと減るのが見えた。魔物からではなく、味方からの攻撃。


「へっ、ざまあみろ! ポイントは俺のだ……」


男が勝ち誇ったように大剣を構える。俺は痛む体を起こし、男を睨んだ――が、すぐに視線を外した。こいつの相手をしている時間はない。


俺は無視して、再びゲートに向き直る。男が「あ? 無視かよ」と再び剣を振り上げた瞬間。


「――壊れろ」


俺の掌から放たれた圧縮空気弾が、男の脇をすり抜け、一直線にゲートへ吸い込まれた。


パリンッ!


四つのゲート全てが消滅した。  


一方、モニタールーム。教官たちは冷ややかな目で、爆発使いの男の評価シートに×印を打ち込んでいた。


「協調性欠如、および味方への過剰攻撃。大幅減点だ」


「…資質以前の問題ですね」


 そして、教官たちの視線はモニターの中央へ集まる。


「ゲート全破壊を確認。フェーズ移行。……『番人』が出ます」


 ズズズズズ……ッ。


最初に破壊された南側のゲートがあった場所。アスファルトが大きく隆起し、巨大な影が這い出してきた。


「グルゥゥゥゥァァァァァ……ッ!!」


全長十五メートル。岩石と金属が融合したような皮膚を持つ単眼の巨人――『ギガント・サイクロプス』。推定ランクはC級上位。本来ならB級以上の小隊が連携して挑むレベルの魔物だ。


「デカすぎるだろ……!」


「あんなの勝てるわけない!」


巨人が一歩踏み出すだけで、周囲のビルが震える。その視線は、交差点の中央――守るべき要救助者たちに向けられていた。


「チッ、やってられるかよ!」


爆発使いの男が、大剣を背負って踵を返した。


「あんなの倒してもポイント効率が悪すぎる。俺は残った雑魚を狩るぜ」


「おい待てよ!あれを放置したら……!」


「知ったことかよ。試験は自分が受かりゃいいんだ」


男は嘲笑を残して去っていく。何人かの生徒も、恐怖に飲まれて逃げ出した。だが、残った者たちもいた。


「下がってください!ここは通しません!」


花園聖奈が、要救助者を背に前に出た。彼女が地面に両手を叩きつける。


ゴゴゴゴゴッ!!


アスファルトを突き破り、一本の超巨大な樹木が爆発的に成長した。それはまるで城壁のように太く、荒々しい幹を持っていた。出現した巨木は、進撃してくるサイクロプスの腹部にド派手に激突し、その凄まじい成長圧力で巨体を押し留める。


「グオォォッ!?」


「止まれぇぇぇぇッ!!」


花園が叫ぶ。巨木はミシミシと音を立てながら、サイクロプスを物理的にブロックし続けている。膨大な魔力で生み出した質量による「通せんぼ」だ。


「すげぇ……あのデカブツを力技で抑え込んだぞ」


だが、相手はC級上位。サイクロプスが剛腕を振るうたび、巨木の幹がバキバキとへし折られ、木片が飛び散る。


「くっ……壊れる!」


花園の細い眉が歪む。 硬すぎる。緋焔の蒼炎も、コウの雷撃も、表面を焦がすだけで決定打にならない。このままでは、彼女の魔力が尽きて防衛線が崩壊するのは時間の問題だ。


「私がやる!」


膠着を破ったのは、黒髪ショートの少女――泡沫凛だった。彼女は瓦礫の山を蹴って飛び出し、真っ直ぐ巨人に向かって走り出した。


俺は痛む背中を無視して、凛の進行方向へ進む。


「凛! そのまま走れ!」


「レン君!」


「朝の!全力でやるぞ」


二人が何かしようとしてるのを察して、黄緑髪の少女(若草)がハッとして杖を掲げた。


「――『身体強化!』」


樹色のオーラが凛とレンの体を包み込む。ただでさえ規格外の彼女の筋力が、さらに数倍に上がる。凛はニコっと笑い高く飛ぶ。


「行くよ、レン君!」


俺は凛の踏み込み位置に、最大強度の膜生成して空気を圧縮させる。目標、巨人の目。俺は凛を見ながら叫んだ。


「地球一周すんなよ!ぶち抜け!!」


「了解っ!!」


凛が膜を踏み抜いた。


ズドォォォォォォンッ!!!!


大砲の発射音などではない。空間そのものが悲鳴を上げるような轟音。俺の膜の反発力、少女の強化バフ、そして凛自身の脚力。全てのエネルギーが一点に収束し、彼女は生きた砲弾と化した。


巨人が反応する暇などなかった。


「くらえぇぇぇ!!」


パァァァン!!


空中で衝撃波が炸裂する。凛の右拳が、サイクロプスの巨大な眼球と頭部を、魔力障壁ごと粉砕していた。頭に大穴が空き後ろへ倒れこみ、地ならしを起こす。


ズズズ……ン。


土煙が舞い上がる中、サイクロプスは光の粒子となって消滅した。


『試験終了』


無機質なアナウンスが流れる。静寂。そして次の瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。


俺はその場で座り込み、眼下でいろんな感情が交じる同志たちを見た。残り時間あと一分。そういうことか。


「……何が制限時間だ」


ただ耐えるだけの試験じゃない。この怪物を倒すことこそが、この試験の真のクリア条件だったわけだ。俺はふぅ、と息を吐き、見上げた空を見つめた。  土煙が晴れた先には、澄み渡るような青空が広がっていた。  試験が、ようやく終わった。

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魔女の福音 ~ウィッチズ・カース~ いろは @KABA12321

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