Stage.5:孤高の弦と、再会の旋律


崩れ去る砂城


カノンの言葉という「魂」を手に入れた矢先、残酷な現実がナツミを襲った。


助っ人として参加していた1年生のギターとドラムの二人が、親との約束や受験勉強を理由に、当初の契約期間をもって脱退を申し出たのだ。


「……そっか。今まで、ありがとう」


ナツミは努めて明るく送り出したが、部室に残されたのはナツミ、ユイ、そして作詞担当として席を置くカノンの三人だけ。


《貴方がいて 私がいて 他の人は消えてしまった》


皮肉なほど歌詞に重なる状況に、ナツミの肩がわずかに震える。


伝説の血を引く少女


「……一人、心当たりがある」


沈黙を破ったのはユイだった。彼女が向かったのは、街の外れにある防音完備の豪邸。そこに住むのは、かつて世界を熱狂させたギタリストを父に持つ少女、アンだった。


アンはリビングでギターを爪弾きながら、ユイに冷淡な視線を向けた。


「悪いけど、私はソロのギターボーカル以外やらない主義なの。そのナツミって子がボーカルなら、私がそこに入る意味はないわ」


アンのギターは正確で、鋭く、そして何より傲慢だった。自分一人の音で世界を完成させられるという自負。しかし、ユイは引かなかった。


「バンドに入って欲しいとは言わない。でも、ナツミの歌を一度だけでいいから聴いて欲しい! ただ、今のあの子の助けになって欲しいの!」


ユイの必死の訴えに、アンは退屈そうにギターをケースに収めた。


「……そこまで言うなら、引導を渡しに行ってあげる。期待はしないで」


初対面、火花散る


翌日の放課後。埃の舞う音楽室に、アンの鋭いヒールの音が響いた。


マイクの前に立つナツミと、ギターを背負ったアン。二人の視線がぶつかり、火花が散る。


「あなたがナツミ? 悪いけど、私の音に付いてこられないなら、時間の無駄だから帰るわよ」


アンは挨拶もそこそこに、父譲りの真っ赤なギターをアンプに繋いだ。最初の一音。鼓膜を突き破るような爆音のフィードバック。それは、素人なら怯んで声を失うほどの「威嚇」だった。


しかし、ナツミは逃げなかった。それどころか、その暴力的な音の渦に、あえて真っ向から飛び込んでいった。


運命を無理やり変える「咆哮」


ナツミはカノンから渡されたばかりの、書きかけの詩を握りしめる。


まだメロディも決まっていない。けれど、アンのギターが空気を切り裂くたび、言葉が熱を持って溢れ出した。


「――っ!!」


ナツミが喉を震わせ、形にならない絶叫を叩きつける。


それは歌というより、《孤独なふち》から這い上がろうとする生き物の咆哮だった。


アンの眉が跳ね上がる。


(……何、この声。私のギターに、潰されてない……?)


アンの運指が速くなる。ナツミの声もそれに呼応して高みに昇る。


《私について来なさい》という言葉が、音の濁流となって音楽室を支配していく。カノンは横で、その光景を狂ったようにノートに書き留めていた。


演奏が止まった後、アンは初めてギターから手を離し、肩で息をするナツミを凝視した。


「……下手くそ。ピッチもバラバラ」


アンは吐き捨てるように言った後、不敵な笑みを浮かべた。


「でも、気に入ったわ。この最悪な音楽(ノイズ)、私が整えてあげなきゃ形にならないみたいね」


伝説のギタリストの娘が、ナツミに向かって初めて右手を差し出した。

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