あたしは女神

沙華やや子

あたしは女神

 ――深夜1時半。


  ピンクのパジャマを着、クイーンサイズのベッドでスヤスヤ寝息を立て、気持ちよさそうに眠っているのは龍野羽月りゅうのはづき、33歳、レディだ。


 こんなに広いベッドがあるのは、去年まで彼氏と同棲していたから。今はフリーの羽月だ。


 寝返りを打った。


 ……ゴツン。


「ン? ンン~、ムニャムニャ」


 彼女は確かに布団の中で何かにぶつかった。そして眠い中、その『何か』を邪魔に感じ手で追いやった。


 ゴロンッ! ゴトッ!


「え、何!?」


 何ものかがベッドから落ちた大きな音で、すっかり目を覚ました羽月。


 すぐに電気を付け、床を見た。


(ヒッ! ……た、卵! そしてデッカ)


 高さは160cmぐらい。直径はファミリータイプのこたつテーブルの3分の2ぐらい。

 巨大卵だ!

 まっ白で美しく光り輝いている。お姫様でも入っているのだろうか?


(え、え! こういう時は消防? いや、110番? 何、どうしようっ……)


 けれど、そう思うも束の間、羽月は魔法にかかったように不思議と迷った直後からその卵に引き寄せられる。


 目映さに目を細めつつ触れてみた。

 鶏卵よりも、もっとツルツルしている。そしてとても暖かい。


「なんだか可愛いなー」

 ヘンテコリンな羽月である。しかし、卵の不可思議な力が羽月にそう思わせている可能性も否めない。


 それにしてもいったいどうしたことだろう。大きな大きな未知の鳥が、カッコウのように羽月のベッドに托卵したのだろうか。でも、どこから入って来たの……?

 托卵とは、親鳥が違う種類の鳥の巣に卵を産み落とし、その鳥に雛を孵化させ世話までさせるという、興味深い行動を言う。


 羽月は、この卵を孵すために、毎日だっこして寝る、と心ときめかせ決めた。


 これはもう、何者かによる托卵としか言いようがないかもしれない。


 卵を「うんしょ!」と持ち上げてみると、思いのほかヒョイ!ッと持ち上がる。

(かっる。……何にも入っていないのかなぁ。それともこれから育って行くのかなぁ?)


――夜が明けて。


(あ! 卵、潰れていないかな……よかった、大丈夫)

 母性本能を発揮する羽月が卵に声をかける。


 美麗にメイクをし、ロングの髪をヘアアイロンで巻き、日本美人の羽月が明るい声で言う。

「あたしね、これからお仕事なの。お花屋さんよ! 行って来るからお布団に入って待っていてね」


 うんともすんとも言わない卵は、レースのカーテン越しのおひさまを浴び、さらに輝きを増している。


 ――夕方6時過ぎ。


「ただいま~」


 と言ってみたところで喋らない卵。パタパタパタ。スリッパをはいた足がベッドルームへ急ぐ。


「あらあら! まぁ! かわいそうにっ」


 なんと、純白の卵はキラキラとした光を放ちつつ、床に落っこちていた。

 大慌てで、ベッドに戻してやろう、と羽月が卵を抱えたその瞬間。


 バリッ! メキメキバリ! バリッ! 明らかに殻が割れる音だ。


「わ!」

 驚きそっと卵を床に置き、少し離れて様子をうかがう羽月。


 卵がひび割れて行っている。

 羽月は何が出てくるのかな、となぜか恐怖心一つ感じず待ち遠しい。


(あ! 目を開けていられない!)

 銀色の閃光がパッ! と羽月の顔を照らした。

 両手で目を覆う羽月。


 どれだけそうしていただろう。時間の感覚があんまりない。


「こんにちは!」


「え……」

 塞いでいた眼を男性の声のするほうへ向けた。


「キャ――――!」

 羽月は驚きの余り悲鳴を上げた。


 人が生まれることもびっくりだが、その男性は真っ裸だ。

 西洋の彫刻のように引き締まった裸体である。


「あ、あぁ……」

 困惑する男性。


「あなた、何で服を着てないの――――!? やめてくんないっ」

 少々羽月は怒っている。


「あ……私達神の世界では着物を着て生まれない。人間界では着物を着て生まれるのですか?」


「いえ。……え? 『神の世界』?!」


 男性は恥ずかしがっている羽月のために羽月に背中を向け話している。羽月も背を向けている。

「はい。私の祖先は伊邪那岐命いざなぎのみこと、そして伊邪那美命いざなみのみことです」


「あ、大国主命おおくにぬしのみことさんとか、聴いたことあるわよ」


「そうそう。大国主命も私の先祖です。日本を作った神たちです」


「日本はもうあるじゃない? あなたはなんの用事で生まれてきたの? それも、卵から……」

 と質問しながら「はい、これ大き目のスウェット」と、はだかんぼうの神様に後ろを向いたまま渡した羽月。

「ああ、ありがとう」と彼は受け取り「もう着物を着ました」と言う。


 羽月は振り返った。


 ハッ!


 まじまじと魅入ってしまう。綺麗な銀髪が背中まで垂れ、凛々しい顔をしている。

 羽月にとってはブカブカのスウェットだったが、彼には少しきついぐらいで、引き締まった体のラインが見て取れた。


 頬を染めうつむく羽月。

(品性を感じるし、素敵な方だわ……)


「私がここに生まれた理由……。前世の記憶で知っています。悲恋ゆえ結ばれなかった伴侶と今度こそ結ばれるためです」


「え! ということは……?」

 と、自分の鼻を指さし首をかしげる羽月。


「はい、あなた様は『黄泉のとき』の女神でした。私は香りの刻の神だった。一緒になることは許されませんでした」


「そう……。知りたいことだらけだわ。でも不思議ね、なんだか嬉しい」


 羽月がそう言葉にした瞬間、砕けた卵の殻が一斉に舞い天井を突き抜けて行き消えた。


「私はあなたを愛していました。今も……」


「どうしてでしょう、初めてお会いするのに、懐かしい。あなたのお話の通りなのかしら。嬉しいです、あなたのお気持ちが。わたしは羽月と言います」


 羽月は『何で卵か』などどうでもよくなった。ほわほわ温かい心地が胸に広がる。


「私はかつて天之忍穂耳命あめのおしほみみのみことという名でした。『ミミちゃん』と呼んで下さい」


「へ」……。

 羽月は吹きそうになったけど、色男のミミちゃんのセクシーな表情を見た途端、笑いはどこかへ行った。


 こうして面白い同棲生活が始まっちゃったのである。何が面白いって、元・神ミミちゃんは、大人の姿で生まれたが、ほんと卵から孵った雛そのもので……好奇心は旺盛だし、何にも知らず、卵を見事孵した羽月は、まさにママそのものだ。


 例えば、羽月が朝、歯磨きをしているのを見たミミちゃんは、食べ物と間違え、自分の歯ブラシを食べようとした。


 ミミちゃん、体は大人で食欲も旺盛なので、早く成長してもらい、働いてもらわなきゃなー……などと考える今日この頃の羽月。


 裕福ではないけど相思相愛のふたり、毎日幸せにイチャイチャしています。



 


 

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あたしは女神 沙華やや子 @shaka_yayako

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