二節
私はどうやら道行く人より身長が低いらしい。
さして気にしたことはなかったけれど、大勢に囲まれてやっと実感する。
かろうじて彼女の導き手のおかげで道脇にまでこれた私は、軽く息を整えて。
一旦はそこで、計画を立てたかった。
「う~ん、あっちを見渡そうとしても何があるかわかんないなぁ」
「そうね。どうしたものかしら」
地下都市というだけあって太陽の光は届かない。
決して全体像の景観がいかと言われれば、それも違う。
だからこそ、自然に疑問が浮かび上がった。
「店主はどうして、こんな場所で仕事を任せたのかしら」
やや薄暗い。
明かりの源は、ちまちまおかれた間接照明だけで。
こんな場所で写真撮影をしろだなんて、到底理解できなかった。
「こんな場所じゃないよ。〈地下都市・ソッテラネア〉! なんだか楽しそうでいいじゃん! なにせ、あのソッテラネアだよ?」
「楽しそうって……」
彼女の奔放さには流石に私もお手上げだ。
そのせいでよほど疲れてしまったのだろう。
私は、いつになく重い身体を壁に寄り掛ける。
ゴツゴツした岩肌が背中に当たるが、存外悪くない。
私は湿った溜め息をこぼした。
――ソッテラネア、か。
それこそ昔、学んだことだけれど。
古代都市とか旧防空壕とか、様々な色を兼ね備えた地下都市。
イタリア中腹にある〈ナポリ〉の旧市街地にそれはある。
それはいい……それはいいのだけれど。
納得しないことだってあった。
「片道五時間も移動したのは流石に堪えたわ。もう帰りたい気分よ」
彼女が早朝から押しかけて来た理由がやっと分かった。
まさか、〈ミラノ〉から〈ナポリ〉まで行くとは思わないじゃない。
あまりに遠かったわ……。
「どこかで休む?」
「……まぁ、先に行けば座れるとこくらいあるでしょう」
「わかった。でも無理しないでね」
「ええ」
私は壁からやっと背を離して髪を振り上げる。
「――それで? 今回の仕事内容はなんと伝えられたのかしら?」
そう、それを知らなければ仕事もなにもない。
コホンと軽い咳ばらいをしつつ、彼女は腰に手を当てて言った。
『〈ソッテラネア〉で、最高の景色と思った写真を撮ってきてくれ』
「――だってさ!」
低い声で声真似でもしていたんだろうが、この際どうだっていい。
「またそれ……あまりに定義が曖昧だから進めるに進めれないのよね。困ったものだわ」
「とにかく歩こ! いつか見つかるよ、最高の景色!」
「……はぁ」
歩き回ることに意味なんて見出せるのだろうか。
昨日の発見は単なる偶然が呼んだものに過ぎなくて、私の実力ではないのに。
× × ×
歩いてから数分経った頃。
私ははじめてカメラを持っていることを再認識した。
首からかけられた紐に目を流す。
その先にあるのは小型のフィルムカメラ。
私は紐を摘まんで、その手触りを確かめる。
「これのおかげで少しは楽ね」
「でしょでしょ! もうそれで落とすことはないね!」
彼女がここに来る手前、私へのプレゼントとして首紐を渡してくれた。
今度こそは落とさないように、という予防としてのものだそうだ。
……昨日はカメラを一つ故障させてしまって申し訳ない。
値段こそ相場は知らないものの、フィルムカメラなんてどこの家庭にでもあるようなものではない。だからこそ、仕事という形で店主にお返ししなければ。
そう、これは仕事。
あくまで仕事なのだから。
歩く理由なんて、――考えなくたっていい。
だけど、そんな私は心なしか息が上がっていた。
周囲に気を配って歩くことはこれほど疲れるものなのかと痛感する。
「モフィリア、やっぱり疲れてるんじゃない? 大丈夫?」
「……仕事、だから仕方がないもの。もう少しくらい歩けるわ」
「どこかで休もっか? といっても落ち着ける場所が無さそうだけどね」
騒然とした地下。
人の数だけ空気の密度こそ薄まっている。
だから自然と呼吸が浅くなってしまうのかもしれない。
「いえ、休むのはまだいいのだけれど…………代わりにカメラを持っていてくれないかしら」
「はいは~い。私に任せて!」
さして大任を委託したわけでもないのだけれど。
……まぁいいか。
私は首からカメラを外して彼女に手渡した。
それから進んですぐだろうか。
「おっ、なんだか変なところに出たね」
気が付けば、私たちは解放的なスペースに出てきたようだ。
今まで狭い一本道だったのに。
どうしてかと、私は目を向ける。
「何をしているのかしら」
広い空間なのにも関わらず、人々は一ヶ所に集中している。
皆揃って背を向けて。
何か見ているのか?
私たちは人の壁を掻い潜って、なんとか最前列に食い込む。
すると、思いもよらず目の前に鉄格子が出迎えた。
この先には進めないということだろうか。
自然と私は格子の間から奥を覗き込む。
そこには、比較的小さな空間。
特段照明が当てられたそこは、幾つもの十字架が立てられていた。
その真ん中には、意味深なベッドが一つ。
「なにかしら」
目をスライドさせると、どうやら横に説明版があったようだ。
それを読む限りでは……
「ここは戦時中、使っていた生活スペースのようね。こんなはっきり跡が残っているなんて」
「へぇ~、ここが。勉強になるね~」
「そう」
私はただ、顎に手を当ててそれを見つめていた。
ここに居た彼ら……どのような想いで、生活していたのだろうかと。
考えを巡らせてた。
「まぁ、昔のことではあるけどさ。戦争も終わってよかったよね」
「そうね」
彼女にしては珍しく、まともなことを言う。
どうしたものかと私は横顔を見つめた。
私がみた彼女の双眸は、どこか儚げで。
私はすぐに顔を正面にただす。
「軍人さんたちも、元をたどればみんな人間なわけだしさ~。きっと、帰りを望む家族もいたというのに……」
ウルカのその一言だけは心底……
「――――そうね」
私は短く、そう返事をすることしか出来なかったのだけれど。
――帰りを望む家族、か。
私の胸の中は、とっくに冷たくなっていて……。
「あっ、よくみたら奥にもなんかない?」
私は、引き摺りこまれそうになったところで彼女の声で目が覚める。
「奥?」
「うん、あそこに……ほら、壁画みたいな」
「本当だわ。何かしら」
彼女は鉄格子に張り付いて、必死に目視しようとしているようだ。
私もそれに倣うようにして。
間近まで寄っては、奥の画を静かに見つめた。
最初は何が描かれているのかよく分からなかったが。
いずれ、輪郭がぼんやりしながらも浮かび上がってくる。
「人……その後ろに迫る影? 何かしら」
流石にこの場所からだと、事細かに分析するのは難しそうだ。
「んー、不思議な絵だよね~。何を意味してるんだろう?」
「それは分からないけれど。当時いた彼らの落書きなんじゃないかしら」
「そうなのかな~?」
彼女は暫くの間、首を捻っていた。
けれど、すぐに直ってカメラを素早く持ち上げた。
「よしっ! なんだかよく分かんないけど、まずはここで撮影だ!」
その響き渡る大声に、流石に腰を抜かしそうになった。
はぁ、……もう少し、静かにしてくれないかしら。
私のことなど知らないように、ウルカは一つ、シャッター音を響かせた。
未来を辿る存在証明 佐倉奈津 @Skr_nt_0925
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