七節

 帰りはまたも送迎車で、家の付近にまで運んでくれた。

 運転手に会釈だけすると彼は元来た道を戻るように車輪を加速させていく。

 忙しないピストンが届かなくなった頃、

「今日はどうだった?」

「どう、と言われても。……わからないわ」

「そっかー。うんうん、仕方ない。でもモフィリアはよく頑張ったよ!」

 なんだか上から目線なのは癪に感じるけれど。

「このまま私は泊っていきたい~と言いたいところなんだけど、ちょっと急用を思い出しちゃってさ。今日のところは帰るね」

「そう。さよなら」

「うん! さよなら。じゃ、まったね~」

 友人は疲れを知らないように颯爽と駆け出して目的地に向かったようだ。

 既に太陽は身を潜め、月がお出迎えしている。

 街灯があるにしろ、足元には気を付けて行ったらいいのに。

 ふっと息が漏れた。

 途端の静に心の鐘が鳴っている気がする。

 一抹の喪失といったものだろうか。

「今日は遅くなってしまった」

 手前にあった短い階段を下って。

 私はドアノブに手をかける。

 彼女とは異なり、ガチャっと優しく開扉した。

 久しぶりに感じる屋外からの帰宅の感覚。


「――ただいま」


 試しに呟いてるものの当然ながら誰も反応をよこしてはくれない。

 声は壁に吸収されてしまった。

 私は廊下を道なりに沿って自室まで戻ってくる。

「疲れた」

 持ち帰った肩の重荷が激しく主張しはじめて、疲労困憊をじかに感じる。

 トボトボとした足取りで寝床に向かったところで、何かが足にぶつかった。

「ウルカ、鞄を忘れたわね」

 明日にでもなったら忘れたことに気付いて取りに来るだろう。

 一旦は放置だ。

 もうお風呂に入るのは諦めよう。

 入りたくても入れないや。

 夕食は……そうだ、今日買って貰ったマカロンとフィナンシェが。

 ポケットの中をまさぐり、最初に口元に届いたのはマカロンだった。

 長時間忍ばせていた高級スイーツ。

 味こそ間違いないが、なんだかパサついている。

 ――やっぱり、あの場で食べたらよかったかな。

 残るは黄金のフィナンシェのみ。

 そのまま咀嚼されて終わるものかと思ったが……

「ぅ、今日は――――食べないでいい、かな」

 対してもつことがないスイーツなのに、私は食べることを選択しない。

 フィナンシェは優しくベッドボードの上に置いた。


「――――ちゃん」


 私の内側がつい漏れて出しそうになる。

 頭を振って気を紛らわした。

 そのせいあってか、目が霞んでいるのだとわかる。

 埃でも目に入ったのかな。

 そんなことを考えていると、ドッと疲労が押し寄せる。

 身体が鉛のように重たい。

 やや肌寒い夜なのに、全身は熱を帯びている。

 もう夜遅いからだろう。

 我が身に身を任せ、敷布団いっぱいに埋まってみせた。

 ふかふかなお布団が、私の魂を吸うように包み込んでくれる。

 あぁ、今日は災難な目に遭ってしまったな。

 私に対して家業を継いでだのなんだの、人を選ぶセンスの欠片も感じられない。


 ――あの人のことを追う。


 それだけで私の人生はとっくにキャパシティーオーバーなのだ。

 いつだって私にはあの人のことが忘れられないから。

 枕を抱き寄せてはゴロゴロと布団の上を転がり込む。

 そうでもしないと寝れない気がした。

 ずっとずっと、ずーっと。

 心拍が生を刻むたび、必死になって探し求めているのだから。

 あなたの歩き方を、何度も何度も。

「――――私のしてることは正しいですか?」

 あはは。言っても返ってこないってのに、何を言っているんだ私は。

「もしかしたら間違っていますか? だとしたらどうやって答えに辿り着けますか?」

 一度出てしまったものは歯止めが利かない。

「どうしてそんなに苦しんでいたんですか。どうしてですか」

 迫りくる、ずっと奥深くにある心臓がはち切れそうなほど。

 胸を締め付け、息が出来ないほど。

 彼女のことを想った。

 喉奥が震えて、今にも――――嗚呼。


「教えてよ、お姉ちゃん」


 薄明りの中、ベッドボードでひときわ輝くのは私とお姉ちゃんの思い出で彩られた記憶。

 写真立てに大切に保管されていた私たちに目を落として。

 潤んだ瞳を閉じるように、私は夢に潜り込んでいった。

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