三節
『初仕事は、新顔の嬢ちゃんがこの街で最高の景色と思った画を切り取ってきてくれ。どんな風景を見せてくれるか楽しみにしてるぞ』
店主は初仕事にそう注文を入れた。
「どうしたものかしら」
双方にフィルムカメラを持たされた私たち。
店から出ることには成功したものの、目的意識が希薄な私は、そもそも歩くことさえ難しい。何が何でも、仕事の向き不向きな次元の話ではなかった。
「んー、適当に散策して、写真撮って、って言いたいところだけど。モフィリアには難しいよね」
「……そうね。だから悩ましく思っているのよ」
春先の温かな風が正面から足に絡みつく。
まるで、歩くことを拒絶しているかのようだった。
今日は外に出るつもりがなかった私。
髪の毛はボサボサで。
到底、華やかなこの街を歩くのに相応しくなかった。
試しに周囲を見回してみても、あるのは連なる建物ばかり。
背高いそれらは、同一の色合いに構造までもがテンプレート仕様だった。
――まるでお手本を模倣しているみたい。
私は溜め息が漏れてしまった。
店主の言っていた通り、ここはイタリア北部の都市〈ミラノ〉。
街の発展ぶりは言わずもがな。
ごった返すような人々は私の知っている街とはかけ離れていた。
――う、動けない。
そもそもこの依頼には自由度が幅広く設定されている。
つまり、明確なノルマが位置づけられていないのだ。
「最高の、景色……」
私は写真センスを試すための最初の技能試験的なものだと。
そう解釈するのが妥当だろう。
それはいいのだけど……。
懊悩して未だ外に出てから動けていない私を横にして、彼女はそんなこともいず知らず鼻歌交じりに体を揺らしていた。
「なに? なんだか今日のあなた、やけに上機嫌で気持ち悪いわよ」
とことん嫌な顔を向けて訴えかける。
「そりゃーね。嬉しいに決まってるでしょ! だって、モフィリアがこうして散歩をしようとしてくれることなんて数年ぶりだから」
「散歩なんて鼻からするつもりはないわ。全てはお金のためよ」
「もぉ、強情だな~相変わらず」
「私はこの街を詳しくは知らないの。だから、あなたが代わりに撮影スポットを決めてくれないかしら」
それは私からの、予てからの要望に過ぎない。
私なりに答えを出すことは、何より核心に触れてしまうことだから。
ぎゅっと拳を作って天に願う。
爪先から指先までもを力強く。
けれど、返答は予想に反することがなくて、
「それはダメですな。おっちゃんは、『新顔の嬢ちゃんが』って言ってたじゃん」
「あくまで選択の自由はないのね」
まさに前人未到の広大な大地に放り出されるような私。
友人の冗談交じりな言葉でさえ、鋭利なナイフと化して現実を際立たせる。
「モフィリアはこれからどうしたい?」
選択が迫られるその一瞬だけ、私は猶予が残されているんだと感じた。
ふっと踵が浮いてしまう。
何をしているんだか。
――軽はずみになってはいけない。
私は私として、これを軽んじてはいけないから。
私は手に持つカメラに投げかけるように、視線を落とした。
小さな魂に語りかけるように。
「……ま、まずは、この道を突き当りまで、――あ、歩いてみるわ」
「おっけ~それじゃあレッツゴー!」
熱を帯びた風はいつしか追い風に変わる。
私を、無理にでも躍らせたいかのように。
奔放な性格からくる幅広い歩みと。
脆弱さがにじみでる小刻みな歩みが並行して。
私は汗を拭う間もなく、街に踏み込んでいった。
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