コミティア参戦
諸君はコミティアをご存じだろうか。
日本で開催される創作同人誌即売会で、商業作品の二次創作ではなく、オリジナル作品の発表を目的とするイベントである。古くは1984年に初開催され、創作同人文化の発展を支える主要な場として知られている。
さて、先の話でもあったように、私も類に漏れずコミティアに参戦したことがある。場所は、名古屋県である。スガキヤで有名な県だ。
え? 市じゃないのかと?
いや、県である。愛知は名古屋県なのである。異論は認めない。
この名古屋県には、『喫茶マウンテン』の≪甘口抹茶小倉スパ≫、あるいは『安らぎ居酒屋 月天』の≪たこ焼きで運試し≫の如く、色々と言いたいことがあるのだが、これは別の機会に語ろうと思う。因みに、とある方が名古屋県のラーメン探訪記を記しているのでそちらに目を向けて頂けると、もしかしたら雰囲気を掴めるかもしれない。
閑話休題。
確か、友人が同人ゲームを作った際、手伝えと半ば強制的に連行されたのがきっかけだった。
デバッグもしたし、誤字脱字チェックどころか、スクリプトまで勉強した記憶がある。スペシャルサンクスに名前が載ってもいいレベルで介入していたと思う。
エンジンは吉里吉里を使っていたはずだ。当時の同人ゲームエンジンといえば、NScripterと吉里吉里の二大巨頭だった。前者は比較的扱いやすく、後者は自由度が高すぎるあまり、素人が手を出すと大やけどする代物だった。無論、我々も大やけどした。
そして、この同人ゲームであるが、結構売れたのだ。どれくらいかといえば、山ちゃんで手羽先とビールでゴールできるくらいには売れた。サウンドノベル全盛期だったのもあったと思う。はっきり言えば、この時代のサウンドノベルは商業レベルは凄かったが、同人レベルとなると一部を除いて……「形にしているだけでもえらいね!」といったところだろうか。
そもそもの話、サウンドノベルを完成させるだけでもかなりの労力である。何せテキストを終わらせても終わりじゃなく、そこからスクリプトを付けたり、BGMの選曲、背景、キャラデザ、広報など、やることがひたすらあった。デモ版を出すだけでも半年は余裕で吹っ飛んだ覚えがある。
そんな苦心が伝わったのか、なんと会場で声を掛けられたのだ。
先方のこともあるので名前を伏せるが、なんとあの『戯〇』である。『パル〇ェ』、『この青空に〇束を―』を生み出した、あの会社である。ライターである友人は飛び跳ねて喜んだものだ。
――まあ、唾をつけられただけで、二度と連絡は来なかったのだが。
業界あるあるというものらしい。
今ならば理解できなくもないが、当時としては「大人はズルい!」と思ったものだ。
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