3 ハートビート


 ――ジーグの試練として並行して、それは起きていた。




 唸りを上げて迫る敵の直剣を、下段から擦り上げる軌道のサーベルがかち上げた。

 相手は赤茶色の長髪を風に踊らせつつ、素早く、手首を返して攻勢へ戻る。

 繰り出された刺突が、エルフの女を狙う――。


 白銀の髪が数本散った。

 エルフ――レナは身を開きつつ迫る切っ先を躱し、左手を相手の脇腹に当てた。

 体感を揺さぶらんと、直に魔力衝撃を打ち込もうとするが、

 ――不発。

 舌打ちを一つ、レナは嘲るように鼻歌を歌う相手の裏拳を、顔貌に食らってよろめいた。


「どうした、今のはくすぐりの刑か?」

 喉の奥で、嗜虐性という獣が唸っているような声だった。

「全然、だめだ」男は言う。「出囃子で興醒めるライヴは、ゲログソだろうがよ」

 刃が噛み合う鉄の悲鳴。

 至近距離で睨み合う――レナと、そしてその一族を奪った男とが。


「ご自慢の魔法はどうした」

 相手は笑っている。いや、嗤っている。

 まず背の高い男だ。嫌でも見下される。

 その顔は白粉で白く塗りつけ、ドクロを思わせるように、隈と歯の文様を描いている。


 髑髏男スカルマンは低く掠れ、錆びたような声で喉を鳴らし、いたぶるような攻撃を仕掛けてきた。

 喉を突くような刺突が来る。

 レナは首を捻りつつ刃を交わし、右のサーベルのナックルガードで相手の刃先を逸らす。

 それから左手にすかさず杖を取り、振った――が、魔力の残滓が光った程度。


「手品小屋じゃあねえんだぞ」スカルマンは嗤った。「証明なら、もっとガツンと浴びせろ!」


 怒りが込み上げる――。

(やつに乗るな)


 レナは反撃に移った。

 上段薙ぎ払いを打ち、相手が体を真後ろに反らせて避けたところを追撃。

 唐竹割りに、腹を叩き割る――!

 しかしスカルマンは股間を守るように直剣をすべらせて弾く。


「じんじん来るぜ」

 スカルマンが発する恍惚の声に、レナは眉に深いシワを刻む。

「もっと感じさせてくれ」


 スカルマンが右足を振り上げた。

 咄嗟にサーベルで鉄靴による蹴りを防ぐレナだが。

 ありえない――レナは吃驚する。

 スカルマンは左足一本で、地面と水平に、仰向けに体を支えている。


 そうしてやつは、ぐんっと背筋の力と、振り上げた右足を振り子のように振って、その反動で起き上がる。


「エルフのくせに、剣がうまい。いやいや、差別は拙かったか」そう言っているスカルマンは、明らかな嘲りを向けていた。「いいや――エルフは、人間じゃあねえか」


 レナは黙っていた。口を開いたら、おぞましいほど汚い言葉が飛び出すと自覚しているからだ。


「お前の同胞の末路を知りたいか」

 スカルマンが割った柘榴のように、口角を持ち上げた。

「俺の白粉が、何で出来てるか……とか」そこまで言い、何が可笑しいのか、喉をひくつかせる。「気にならないか?」


 その目は――紅蓮の瞳は、嗜虐で濁っている。

「まず、俺は丁寧に奴らをならべてから、この手に――」

「だまれっ、はらわた抉り回してやる!」


 レナは駆け出した。

 スカルマンは剣を投げ捨てる。

「ノッてきたじゃねえか!」


 そして凄絶な笑みを浮かべて、背負っていたギターを構える。

ろうぜ」

 それは、いやらしいほどに有機的で、冒涜的な――。


「これがその成果だ。聴いてくれるか、俺のハートビートだ」

 やつが弦をを弾いた瞬間、

 ギャァッ、と――悲鳴。

 レナはほとんど反射的にサーベルで射出された弾丸を弾いたが、その、おぞましい可能性に……。


「きっ――――さまぁあああああああああああ‼︎」

「良い――いぃいいいいい歌声だ! セッション開始といこう!」 


 ふたたび始まる応酬。

 する悲鳴。ギターヘッドから放たれるのは弾丸である。


 レナは半ば本能で水車のようにサーベルを回し、乳白色の弾丸を弾いていく。

 弾丸は更に飛来。

 外れ、弾かれた弾丸が腐葉土や木の幹をえぐり飛ばし、木々と癒着する道路標識に激突して火花を散らす。


 右斜め前方へ飛びつつ、相手の斜線を切った。

 スカルマンはギターのボディに沿う乳白色の刃を見せるように、ネックを握った。さながら斧だ。


「ギター・クラッシュって知ってるだろ――サイコーの、自己表現」スカルマンはデス・ボイスで叫んだ。「今の俺達に、理性なんざ、いらねえ」


 咆哮し、狂ったようにスカルマンがギターを振るいまくった。

 その都度絶叫と、そして、魔力の衝撃波が弾け飛ぶ。

 舞い上がる砂埃、悲鳴、悲鳴、悲鳴、その中でタガの外れた大笑いが呵呵と爆発している。


「アァアアアアアアアアアッ! ハハハッギャハハハハハハハ!」


 ――イカレ野郎が!

 レナは内心吐き捨て、ギターの乱撃を避ける。

 防ぐ、いなす、避けて、刺突。

 風圧、両者の衣服の裾がちぎれ、髪が踊り、火花が咲く。


 ぎょろ、とスカルマンの血色の目がこちらを睨む。

 胴をなぐ斬撃、それをレナは宙へ踊り回避。

 着地と同時に足払いをかけつつ転がったレナ。スカルマンは足を取られて、「おっ――」とよろける。

 そして、びた、と額を地面にぶつける寸前、つま先の力だけで静止。重力を失ったように、完全に止まってみせる。


「パフォーマンスも大事だよな」

 スカルマンその場で身を回転、コマのようにスピンしつつギターを振るう。

 立ち上がっていたレナはサーベルでそれを受け、圧倒的な膂力で吹っ飛んだ。

 後ろへ転がり、膝を曲げて勢いを殺して相手を睨む。

 鋭い視線の先、すでにスカルマンは射撃モードに移っていた。


「オラァアアアッ!」

 弾丸が次々迫る。

 もはやスカルマンは当てる気がないのか、めちゃくちゃに乱射。弾丸は、野放図に廃墟の森を蹂躙する。


 レナはとにかく肉薄を心がける。

 距離を置くわけには行かない――確実に仕留める。

 やつは、火薬が貴重なこの世界で、技術的に不可能なはずの速射性の射撃兵器を作っている。

 その凄惨な技術を広めたら……あちこちで、魔法族狩りが起きる!


往生しイッちまいそうだ」

 震える声でいい、スカルマンは連射。


 その悲鳴の中に、一瞬。

「――たすけて」、と。


「え、ぁ、あ」

 足が止まる。飛んできた弾丸でサーベルが飛ばされた。

 すっ飛んだそれが、遠くの木に食い込んでいる。


「セッションの途中放棄は、重罪だぜ。客に失礼だろうが!」


 だが、

 そこで装填されている弾丸が尽きた。


「おい、まだ枯れるほど歳はいってねえ! ちくしょう! 客は裏切れねえ! まだ、まだだ!」

 激しく狼狽するスカルマン。まるで、表現方法は演奏しかないのだ、と言わんばかりに――。


「EDか」レナは、嗤った。「情けない表現者だ」


 レナの痛烈な皮肉。

 彼女の中で調子が戻る。レナは予備のブッシュナイフを抜き、駆け出した。


「うぉおおおおおあああああああああ!」

 スカルマンは完全に理性を崩す。何がやつをあそこまでさせているのか――。その、本物のドクロを使った冒涜的な衣装を含め、狂気じみた自己顕示欲はどこから来るのか。


 スカルマンがでたらめにギターを振るう中、レナは、それをくぐり、

 ――スカルマンの右腕を斬り飛ばした。


「演奏会は終わりだ」

「あぁ――そんな」


 スカルマンが飛んでいった腕を哀しそうに見、そして、

「くそ、まだっ――やれる! 世界は俺を必要としているはずだ!」

 大量出血と、そして重心の大きな喪失。

 スカルマンが身を崩す。

 とどめだ。

 レナはそう思ってゆっくり歩み、


「イェア!」

 そこへ、今度は女が降り立った。

 彼女は長刀型のマイクスタンドを握り、それを振ってレナを牽制。


「スカルマン、立てる⁉︎」

「ああ! 歌姫ディーヴァ!」

「あのクソエルフ……」

 ディーヴァと呼ばれた女は、顔に粘っこい赤褐色の塗料で戦化粧を施している。ヴォーカルといったところだろうか。


「スカルマン、ここは退くわよ」

「く――。ああ、ああ。そうだな」スカルマンは彼女の助けを借りて、立ち上がる。「そうだ。まだまだチャンスはある。それに素材はたっぷり貯蔵しているしな!」


 レナはもう、エルフとしての善意も、美しい振る舞いも忘れている。憎しみに淀み、怒りに狂い、殺意が鼓動していた。

 もう、――逃げない。失われた同胞のために。

 ――鬼になる。

「ここで殺す」


 ふと。

 あちこちに潜む、武装した連中。樹上、ビルの窓――好奇心と、悪意に濁りきったその視線が、こちらに注がれていた。


「客がいてこそのライヴだと思わないか」

「サクラ……じゃあないのか」

「口が減らない女ね」とディーヴァ。「けど、まあいいわ。ペンダントさえ手にはいれば、あんたみたいな尻の青いお子様なんか……」


 そのとき。

 何かが飛んできた。

 それはハチェット――獣骨のハチェットだった。

 スカルマンは反射的に左腕でギターを跳ね上げて防ぎ、眉を非対称に歪める。


「まじかよ! ラストに飛び入りだと? 大歓迎だ! ステージに上がれよ!」


 叫んだスカルマンに応えるようにディーヴァが冒涜的なスラングを叫んだ。

 そこへ現れたのは、二人の男。

 若い人間の青年、そして、スカルマンらを挟んだ対岸からは、山のごとき巨体の老オーク。

 彼らは仲間同士だろうか――レナには判断がつかない。

 そして、スカルマンたちとは初見らしいが……こちらの味方なのだろうか?


「ワァオ、こりゃあこまった。前門のじゃじゃ馬姫に、左右には、餓鬼と……はは、おいあんた」

 スカルマンが老オークに視線だけ向ける。ディーヴァは献身的に、マイクをスカルマンに差し出す。

「何人殺したんだ? やべェよあんた。亡霊がこびりついてやがらァ……」


 スカルマンは、ギターを背負い直した。

「人気者はつらいな」


 踵を返すスカルマン。ディーヴァは「スタッフマン! 撤収用意!」怒鳴った。

 スタッフマンと呼ばれた周囲の連中が、やはり有機的なライフルを構え、二人を守るように展開。

「今度は、チケットを買って来てくれよな」


 多勢に無勢――二人を囲む護衛と、さらに樹上から、ビルの窓からもこちらを狙う殺意。


 飛び入りの二人はむやみに動けず、そしてレナも同じだった。

「くそっ」

 ただただ、悔しさに奥歯を軋ませるしかなかった。



「ゴルド、あんた……」

 奇妙な仮装集団が去ったあとで、獣骨ハチェットを回収した青年――ジーグは、大男を見る。

 己に試練を課した男である。彼もこのような自体は想定していなかったらしい。顔より太い首を左右に振ってから、

「なんだ、今のやつらは」と山鳴りのような声で言う。


 それから、ジーグは生まれて始めて遭遇する種族――エルフを見た。

 けれど。

(ゴルドより、……血の、臭いが)

 ジーグは怯んだ。獣たち相手にやれるとか、狩れるとか思っていたのに――ただの亜人一人に、喉が凍って言葉も出てこない。


 エルフの女がこちらを見る。

 プラチナのような色の、すべらかな髪。銀の瞳に、通った細い鼻梁。

 笑えば美人なのかもしれないが、今はその表情が、恐ろしいほどの醜悪で塗り込められていた。


 関わりを持つべきではないのかもしれない。ジーグはそう思った。咄嗟に割って入ったが、これではさっきの髑髏男と彼女と、どちらが悪党なのかわからない。

 刺激しないように、ジーグはハチェットを腰のベルトに戻す。


「あなた、誰」

 エルフの女はジーグから視線を切り、ゴルドへ向けそう問うた。

 ゴルドは短く、「ゴルド。旅の傭兵だ」と返した。

 しばらく無言が続いた。

 互いの一挙手一投足が読み合いであるかのような緊張感である。


 ジーグは何か言おうとして、ゴルドが先んじて口を開いた。

「さっきの連中は」

 端的な問いだ。

無法者バンデッドの一団で、自らを〈ロックバンド〉と名乗ってる」

「ロックバンド……」ゴルドが顎を撫でた。「初めて聞く名前だ」


 ジーグも当然聞いたことがない。

「なあ、そのでかいナイフを収めてくれよ」恐る恐るジーグは言った。

 彼女は血に濡れるそれを、白い装束で乱雑に拭って鞘に納める。噂に聞くエルフのイメージからかけ離れた行為だった。

「俺はジーグ。君は?」

「……レナ。私――は、」


 と、そこでレナは意識が途絶え、倒れてしまう。

 ゴルドは低い声で、「ジーグ、おぶってやれるか」と提案する。

「ああ。あのサーベル、取ってくる」


 なにやらおかしなことが起きている――それだけは確かなようだ。




 スカルマンの元ネタは言わずもがな、デス・ストランディングのヒッグスです。

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星の残響さえ聞こえない 磯崎雄太郎(旧名義:夢河蕾花) @VvYyRr89

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