第4話 メタモルフォーゼ
人間に擬態していたつもりだった。
うまく世界に適応できていると、信じたかった。
そんな僕が十五歳の誕生日を迎えて、ほどなくしてのことだった。
僕は一度、死にかけた。
交通事故だった。
相手は信号を無視していた。
衝突の直前、僕は意識を切った。
恐怖を感じるより早く、身体が判断した。
——生きるために、今は意識を手放す。
次に目を覚ました時、僕は冷たいコンクリートの上にいた。
怖い、という感情はなかった。
考えるより先に、状況を確認した。
血は出ていない。
呼吸はできる。
視界もはっきりしている。
飛ばされた携帯電話が少し離れた場所に落ちているのが見えた。
取りに行こうとして、そこで初めて足が動かないことに気づいた。
それでも、止まらなかった。
立てないなら、進めばいい。
僕はほふく前進で携帯に向かった。
電話を握り、番号を押す。
震えはなかった。
「もしもし、僕。
そう、交通事故にあった。
家の近くだから、すぐ来て。母さん」
電話の向こうで、母は言葉を失っていた。
その沈黙が、状況の深刻さを物語っていた。
救急車が到着する頃には、
たまたま近くにいた母も現場に駆けつけていた。
白いライト、サイレン、ざわめく声。
それらを、僕はどこか遠くから見ていた。
結果的に、奇跡的だったのだと思う。
骨も神経も致命的な損傷はなく、後遺症も残らなかった。
僕は、僕のまま生き残った。
——生き残ってしまった。
中学の卒業式でも、僕は泣かなかった。
涙を流す理由がなかった。
やっと、終わる。
それだけだった。
背中に貼られていた「ダメな子」というレッテルは、
この日を境に、一度だけ剥がされる。
それで十分だった。
それ以上を、望むほど、僕はもう無邪気ではなかった。
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