第3話 メタモルフォーゼ
僕はなぜ、世界から拒まれ続けるのだろう。
そう考えた末に辿り着いた答えは、単純だった。
——ならば、人間に擬態すればいい。
中学生になった僕は、「人間」に擬態することを覚えた。
クラスメイトの言動を観察し、笑うタイミングを測り、
声の大きさ、相槌の打ち方、沈黙の置きどころまで真似た。
感情は持たない。
持っているふりをするだけでいい。
擬態することで、世界から拒まれることは減った。
少なくとも、そう思っていた。
───あの日までは。
「僕って、ちょっと出しゃばってるよね」
そう話しかけてきたのは、ほとんど会話を交わしたことのないクラスメイトだった。
彼女の名前は知っていた。それ以外は、何も知らなかった。
心当たりはなかった。
空気を読み、距離を測り、僕は慎重に振る舞っていたはずだった。
擬態は、うまくいっていると思っていた。
それでも、僕の気配は異物だったのだろう。
彼女と、その周囲の人間たちは、
異物を排除する方法として、暴力を選んだ。
理由はなかった。
正当性もなかった。
ただ、支配するための行為だった。
殴られても、僕は泣かなかった。
泣く理由が分からなかったし、
泣くことで何が変わるのかも分からなかった。
その無反応が、彼女たちを苛立たせた。
「殴られている子がいる」
誰かが学校に通報した。
それは偶然ではなく、必然だった。
教師たちが僕に辿り着くまで、時間はかからなかった。
「警察に、被害届を出します」
母は、はっきりとそう言った。
声は震えていなかった。
怒りではなく、判断だった。
大事にしたくなかった教師たちは、必死に母をなだめた。
そして、加害者の彼女が「権力者の娘」であることが明らかになると、
空気は一気に変わった。
話は曖昧になり、
証言はぼやかされ、
結論は用意されていた。
——なかったことにする。
僕が受けた支配は、
公式には、存在しないものになった。
その瞬間、僕は理解した。
世界は、正しさでは動かない。
守られるべき人間が、守られるわけでもない。
───無かったことにはさせない。
その感情だけが、静かに、確かに、僕の中に刻まれた。
怒りでも、復讐心でもない。
ただの記録だった。
それでも僕は、人間に擬態し続けた。
やめるという選択肢は、存在しなかった。
擬態することだけが、
この世界で生き残るための、唯一の方法だったからだ。
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