閃光

 アスはふと思い出したように問いかけた。


「……そういえばさ」


 振り返る。


 少女は身支度をしながら、こちらを見上げている。


「君の名前は?」


 問いかけると、少女はぴたりと固まった。


「……」


 口を開きかけて、閉じる。

 指先が布団の名残みたいに衣服の端を握り、もじもじと視線を泳がせた。


「……言えません」


 小さな声。


「え。言えないの?」


「……」


 少女は唇を噛んだまま、頷くでもなく首を振るでもなく、宙を見つめる。


 そして、ぽつり。


「……ていうか」


 少女が、ちらっとアスを見る。


「……知らないんですか?」


「……何が?」


 アスは本気でわからず、間の抜けた顔になった。


 少女はその顔を見て、なぜか確信したように息を吸う。


「……じゃあ、これを見てください」


「これ?」


 次の瞬間、少女はいきなり自分の肌着の襟元を、ぐっと下へ引いた。


「――ちょっ……!」


 アスの心臓が跳ねる。


 目線が反射的に落ちかけて、慌てて止めた。

 見てはいけない、というより、見たら色んな意味で終わる。


 顔は平然を装う。

 内側は必死だった。


 少女は一切気にしていない様子で、胸元の中心――鎖骨の下あたりを指で示した。


 そこにあったのは、肌の上に刻まれた紋章。


 刺青ではない。


 皮膚の奥から浮き出たような、淡く光る刻印。

 線は精密で、古い金属の紋様みたいに細かい。

 中心に“輪”があり、その外周を竜の尾のような意匠が絡んでいる。


 それを見た瞬間、アスの頭が割れるように痛んだ。


「――っ!」


 視界がぐらりと傾く。


 蝋燭の火が尾を引いて伸び、部屋の輪郭が波打つ。

 耳の奥で、何かが擦れる音が鳴った。


 映像が、流れ込む。


 砂色の遺跡。

 巨大な環状の碑。

 黒い玉座の前に並ぶ、白い仮面。

 そして――同じ刻印を胸に刻んだ者たち。


 『竜環りゅうかんのエイドス』。


 漫画のコマが、現実の映像として脳内に焼き付く。


 失われし王族の印。


 キョーヤは孤児で、竜族の血を引く末裔。

 その世界の裏側で暗躍していた“古の王たち”が、身体に刻んでいた印。


 (……なんで、知ってる)


 (いや、知ってる、じゃない――“わかる”)


 痛みが増す。


 頭蓋の内側を内側から叩かれるみたいに、ズン、ズン、と響く。

 目の前が歪み、床が波のように揺れる。


「……大丈夫ですか!?」


 少女の声が遠い。


 アスは答えようとして、声が出ない。


 代わりに――脳内で、声が鳴った。


 聞き慣れた声。


 荒く、熱く、胸を貫くような男の叫び。


 キョーヤの声だ。


 最初はぼやけて、ノイズ混じりで、何度も反響する。


『……逃げ……ろ……』


 次の瞬間、それがはっきり一つの言葉になる。


『逃げろ!!』


 アスが息を呑んだ、その刹那。


 上空から、凄まじい閃光が走った。


 白い線が屋根を貫き、木造の天井板が爆ぜる。

 乾いた破裂音。

 木屑が舞い、蝋燭の火が大きく揺れて消えかける。


 眩い光が、室内へ滝のように差し込んだ。


 逆光の中で、影が浮かぶ。


 人影。


 複数。


 上空に、浮いている。


 白装束。

 襟が異様に大きい、チェスターコートのような外套。

 顔には仮面。


 光が強すぎて、細部はほとんど見えない。

 ただ、仮面の輪郭と、揃いすぎた姿勢だけが不気味に浮かぶ。


 少女が、息を詰めた。


 アスの頭痛が、さらに跳ね上がる。


 視界が白に飲まれながら、

 キョーヤの声だけが、もう一度、脳内で響いた。


『逃げろ――!!』

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推しキャラになりきってたら、異世界転生してしまった件について @GAYA_

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