思考

布団の中で、〇〇は息を整えた。


 蝋燭の火が、ちろちろ揺れている。

 外では虫が鳴き、木造の壁がときどき小さく鳴る。


 さっきまでの会話が、頭の中で渦を巻く。


 森。

 赤黒い影。

 デーモン。

 光。

 爆発。

 服が燃えた。


 そして――この少女。


 〇〇は、布団の端を握り直す。


 整理しようとすると、

 同時に理解できない要素が並んでしまう。


 デーモンという存在。

 魔法みたいなもの。

 半径一キロを焼き尽くす光。


 それが現実の延長にあるとは思えない。


 それなのに、身体はここにいる。


 しかも――


 〇〇は、自分の腕を見る。


 細い。

 手首が、やけに小さい。

 布団から出た膝も、記憶の自分よりずっと幼い形をしている。


 (……小さくなってる)


 喉の奥がひゅっと鳴った。


 確認しないと、話が進まない。

 〇〇は布団を体に巻き付けるようにして立ち上がり、部屋を見回した。


 古い木の床。

 歪んだ柱。

 壁には使い込まれた棚。

 その端に、立てかけられた鏡がある。


 全身が映るほど大きくはないが、

 顔なら十分に見える。


 〇〇は、足音を殺すように近づいた。


 鏡の前に立ち、

 ゆっくり顔を上げる。


 そこにいたのは――

 知らない少年だった。


 黒髪。

 寝癖が混じり、あちこち跳ねている。

 目つきが悪い。

 というより、目の形が鋭い。


 顔立ちは西洋的だった。

 鼻筋が通り、輪郭は細い。

 頬はまだ少年の丸みを残している。


 中学生くらい。

 少なくとも、社会人の顔ではない。


「……は?」


 声が漏れた。


 鏡の中の少年も、同じように口を開いた。


 〇〇は眉をひそめる。

 鏡の少年も同じ表情を返す。


 ――間違いない。自分だ。


 だが、元の自分ではない。


 確信が胸に落ちた瞬間、

 ぞわりと鳥肌が立つ。


 〇〇は鏡を覗き込む。


 目。

 鼻。

 口。

 何度見ても、見覚えがない。


 (……俺の顔って、こんなだったか?)


 答えが出ない。


 いや、そもそも――

 元の自分の顔が思い出せない。


 〇〇は額に手を当てた。


 会社の名札。

 名刺。

 メール署名。

 そういうものは、薄く思い浮かぶ。


 けれど、そこにあるはずの「名前」だけが、抜け落ちている。


 自分の名前。


 何度も呼ばれてきたはずの音が、

 喉の手前で霧散する。


 (……俺、誰だ?)


 焦って記憶を探ると、

 学生時代の風景が、断片的に浮かぶ。


 教室。

 夕方の廊下。

 漫画のページ。

 なりきりチャットの画面。


 ――でも。


 自分の顔。

 自分の名前。


 そこだけに、

 濃いモヤがかかったまま、触れられない。


 〇〇は鏡の中の少年を見つめた。


 少年も、こちらを見返している。


 知らない顔。

 知らない名前。


 それなのに、

 胸の奥には薄い記憶が残っている。


 まるで、

 人生の大事なところだけ、削り取られたみたいだった。

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