ガイア爆発……!!

赤黒い影が、木々の隙間からにじみ出てくる。


 角。裂けた口。煤と鉄の匂い。

 吐息が落ち葉を焦がし、地面がじり、と鳴った。


 〇〇は後ずさった。


 ブカブカのスーツが足に絡み、裾が落ち葉を引きずる。

 逃げたいのに、足が遅い。


 デーモンが一歩踏み込む。

 影が大きくなり、森の光が切り取られた。


 その瞬間――


 木の根元に、少女が見えた。


 訓練用の軽装。膝をつき、呼吸が浅い。

 桃色の髪が、乱れて頬に張りついている。


 目が合った。


 少女は、言葉にならない声を出した。

 助けて、と言ったのか、息を吸っただけなのか、判別がつかない。


 〇〇の胸の奥で、何かが跳ねた。


 熱い血が、背骨を駆け上がる。


 逃げる選択肢が、急に意味を失った。


 ――泣いてる。


 それだけで、足が前に出る。


 六メートル以上離れていた距離が、妙に近く感じた。

 助走もなしに動けるはずがないのに、身体が勝手に加速する。


 まるで陸上の走り幅跳びの選手みたいに、

 踏み切りのタイミングだけが正確で――


 〇〇は、土を蹴って前に出た。


 着地の衝撃が掌に伝わる。

 スーツの袖が揺れ、視界の端で大きくはためいた。


 デーモンの爪が振り下ろされる。


 〇〇は、少女の前に立つ。


「……泣くな」


 自分の声が、自分のものじゃないみたいに響いた。


 少女の瞳に涙が溜まり、桃色の髪が揺れる。


 その光景が、胸の奥をむずむずと掻き立てた。


「女の子は――」


 言葉が、続いてしまう。


「泣かせちゃいけない」


 次の瞬間、世界が遠のいた。


 音が薄くなる。

 緑がぼやける。

 視界の中心だけが異様に鮮明になって、そこにいるのは――


 泣いている少女と、殺そうとする影。


 〇〇の意識が、ぷつりと切れる。


 立っているのに、落ちる。

 落ちるのに、身体は動く。


 代わりに、誰かが前に出る。


 声が変わるわけじゃない。

 なのに、言葉の温度だけが変わった。


「この星の涙は、俺が守る」


 片手が上がる。


 指を折り、銃の形を作る。


「――ガイア爆発!!」


 白い光。


 爆音。


 熱。


 半径一キロメートルの空気が、一斉に焼けた。

 木々が白く弾け、葉が燃え、土が赤く焦げる。

 衝撃波が森を押し潰し、影が光に食いちぎられていく。


 デーモンは、削られる。


 角が飛び、肩が裂け、胴が抉れ、赤黒い肉片が空中で炭になる。

 悲鳴の形すら残せず、存在だけが薄くなる。


 最後に残ったのは、足。


 膝から下だけが地面に刺さるように立ち、

 次の瞬間、崩れるように倒れた。


 光が引く。


 森は、焼け跡になっていた。


 そして、〇〇の身体から、熱が遅れて襲ってくる。


 スーツの袖が、ふわりと浮いた。


 次の瞬間、布が焦げて裂け、

 火が走り、縫い目がほどけ、形が崩れる。


 シャツも、ネクタイも、ズボンも、

 熱に耐えきれず、灰のように散っていく。


 〇〇はその場に膝をついた。


 裸の皮膚に、冷たい風が刺さる。

 焼けた匂いと、土の匂いと、遠い焦げの匂い。


 倒れ込む。


 視界の端に、桃色の髪が揺れて見えた。


 少女が這うように近づいてくる。

 顔は涙で濡れ、声が震えている。


「おきて……っ! 起きてください……!」


 涙が落ちる。

 桃色の髪が頬に張りつく。

 その光景が、やけに目に入って、むずむずする。


 〇〇の意識が、かすかに戻りかける。


 そして、遅れて理解する。


 ――あれ。これ。俺。


 ――服。


 ない。


 裸だ。


 恥ずかしさが、爆発の熱より遅れて全身を駆け上がった。


(うわ……最悪……!)


(穴があったら入りたいなぁー……!!)


 声にならない叫びが、頭の中でぐるぐる回る。


 けれど声にはならない。


 少女の涙と桃色の髪が、視界の中でにじむ。


「お願い……起きて……!」


 〇〇は答えられないまま、

 そのまま、意識が暗い底へ沈んでいく。

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