星になった夜
夜の交差点は、白く浮かび上がっていた。
街灯の光がアスファルトを照らし、
雨上がりの路面が鈍く反射している。
横断歩道の白線は、昼よりもくっきり見えた。
〇〇は、信号待ちの列に立っていた。
背後では、ビルの換気音。
前方では、車のエンジン音が低く唸っている。
人の気配は多いが、
誰も、誰かの顔を見ていない。
――いつも、そうだ。
困っている人がいても、
見なかったことにする。
声をかけて、
面倒なことになるのは避けたい。
自分が何かできるとも、
正直、思っていない。
だから、足を止めない。
だから、目を逸らす。
それが、〇〇の普段だった。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
【キョーヤ、今どこ?】
【ちょっと荒れてる】
画面を見る。
〈闇が濃いな〉
〈でも、夜があるなら星もある〉
送信。
信号が、青に変わる。
その瞬間――
交差点の向こうで、何かが転がった。
「――あっ!」
小さな声。
横断歩道の中央。
小さな影が、地面に伏せている。
子どもだ。
立ち上がろうとして、また転ぶ。
膝をつき、手をつく。
クラクション。
加速音。
距離は――六メートル以上。
普段なら、
〇〇は足を止めない。
誰かが行くだろう。
自分じゃない。
そう思うはずだった。
だが――
身体の奥で、何かが弾けた。
胸の内側を、
熱い血潮が一気に駆け上がる。
考える前に、
足が、地面を蹴っていた。
走り出しは、異様に鋭かった。
腕が大きく振られ、
視界が一直線に伸びる。
〇〇は、
まるで陸上の走り幅跳びの選手のように
助走をつけて、踏み切った。
距離は、六メートル以上。
それでも、
身体は空中に放り出されていた。
街灯の光が、一瞬、下に遠ざかる。
次の瞬間、
横断歩道の中央に着地する。
自分でも信じられない跳躍だった。
〇〇は、子どもの前にしゃがみ込む。
小さな肩が震えている。
涙が、街灯の光を弾く。
「……泣くな」
声が出た。
普段の自分の声とは、
どこか違う。
「涙は――」
クラクションが、耳を裂く。
「――宇宙に流せ」
言葉は、
自然に、そこにあった。
〇〇は、子どもを抱き上げる。
軽い。
驚くほど。
歩道までの距離は、数歩。
だが、時間が足りない。
ヘッドライトが、視界を埋め尽くす。
〇〇は、子どもを突き出す。
腕を伸ばし、
歩道側へ。
「大丈夫だ」
自分に言ったのか、
子どもに言ったのかは、わからない。
〇〇は、一歩、前に出た。
横断歩道の白線。
街灯の真下。
「この夜は――」
風が、正面から叩きつける。
「俺が、引き受ける」
光が、世界を満たした。
衝撃が、遅れて来る。
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