竜環(りゅうかん)のエイドス
「〇〇くんってさ」
昼休み、向かいの席から声が飛んだ。
「はい」
「なんか、怒らないよね」
「……そうですか?」
「悪い意味じゃないよ。ただ、何考えてるかわかんないっていうか」
「……すみません」
「謝るとこじゃないって」
そこで会話は終わった。
いつも、そんな感じだ。
*
夜。
ベッドに腰を下ろし、スマートフォンを開く。
「……やっぱ、これだな」
画面に映るのは、
『竜環りゅうかんのエイドス』。
――古代文明と竜の力が交錯する世界で、
伝説の竜の血を引く少年キョーヤが、
仲間とともに世界の崩壊に立ち向かう物語。
選ばれし存在でありながら、
彼はいつも最前線に立ち、誰かを守ることを選び続ける。
〇〇は、ページをめくる手を止める。
「……言い切れるの、いいよな」
キョーヤは、迷わない。
「この星が闇に沈むなら、
俺が夜明けになるまでだ」
そんな台詞を、
作中で当然のように吐く。
独り言は、返ってこない。
*
SNSを眺めていると、
流れてきた投稿に指が止まった。
【なりきりチャット募集】
【キャラになりきって会話するだけ】
【被りなし/早い者勝ち】
「……なりきり?」
タップして、説明を読む。
キャラクターの口調や価値観を借りて会話する遊び。
現実の立場や年齢は関係ない。
「……価値観、か」
画面をスクロールする。
【キャラの判断基準を大切にしてください】
【中の人の感情は持ち込まない】
〇〇は、しばらく画面を見つめた。
「……それなら」
キョーヤの基準は、はっきりしている。
迷ったら、前に出る。
誰かが泣いていたら、守る。
自分が燃え尽きても、光になれ。
*
アカウント作成画面。
「名前……」
キーボードを開き、
一文字ずつ入力する。
【キョーヤ】
送信。
少しして、通知が鳴った。
【キョーヤ!?】
【マジで?】
〇〇は、指を止めずに打つ。
〈星が瞬く限り、俺はここにいる〉
すぐに返事が来た。
【その言い回し】
【キョーヤすぎる】
〈泣くな。涙は宇宙に流せ〉
〈この戦場は、俺が引き受ける〉
【それそれ】
【完全に本人】
〇〇は、画面を見たまま動かなくなった。
次に何を言えばいいか、
考える必要がない。
キョーヤなら、こう言う。
〈仲間がいる限り、俺は孤独じゃない〉
〈銀河が砕けても、背中は守る〉
【助かる】
【キョーヤがいると安心する】
「……そっか」
声が、漏れた。
*
数日後。
【別作品キャラで参加いい?】
【今日はこの設定で行きます】
〈歓迎する〉
〈この星系に来たなら、守る〉
人が増え、
会話が流れる。
なりきりチャットは、
やがてキャラでしか話さない小さなコミュニティになった。
誰も、本名を呼ばない。
【キョーヤ、判断頼む】
【この状況どう見る?】
〈闇が深いほど、光は必要だ〉
〈俺が前に出る〉
【ありがとう】
【助かった】
〇〇は、スマートフォンを握ったまま、
ゆっくり息を吐いた。
現実では、
自分の判断を求められることはない。
だが、ここでは違う。
「……ここなら」
声に出した瞬間、
少し遅れて、自分でも驚いた。
*
帰り道。
「〇〇くん、最近なんか元気じゃない?」
「そうですか?」
「いや、なんていうか……雰囲気」
「……そうかもしれません」
それ以上、聞かれない。
電車に乗り、
スマートフォンが震える。
【キョーヤ、来てる?】
【誰かが泣いてる】
〇〇は、迷わず打つ。
〈なら、俺が星になる〉
〈泣いてる限り、俺は消えない〉
送信。
その直後、
胸の奥が、わずかにざわついた。
だが、〇〇は気にしなかった。
キョーヤなら、
気にしない。
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