第30話




 ふたたび歩き出し、なんとなく、森が深まってきたらしいと感ぜられていたところ、思いがけずカフェがあったから入った。


 これまでだれとも会わなかったけれども、店内にはお客さんがチラホラいた。テーブルに着くと、店主のおじさんが寄ってきて、そっと耳打ちすることには、


「いらっしゃい――ここだけの話ですがね、私は、お客さんをちょいとばかし、だますんですよ」


 そんなことを言われて、鈴花たちは見つめ合った。


「どういうふうに、だますんですか」


 と鳥子さんが聞いた。店主はひょうきんな顔で、答えた。


「それはいろいろでね、今はちょっとネタがつきちゃったところなんで。なにしろこんな森の中で、ヒマですからねえ。そういうことをして遊んでいたんですが、ありがたいことに今日はなかなか繁盛しているもんで、あなたがたにはネタ切れですわ」


 鈴花たちは、もとからいたお客さんたちをコッソリ見た。自分たちにはネタ切れだったけれども、なにかだまされている人たち。どういうふうにだまされているのかは、不明だけれども。


 コーヒーやカプチーノを注文し、焼き芋にも飽きてきたところだったので、スパゲッティやらサンドイッチやら、楽しく選び合った。


 食べていると、新しいお客さんが入ってきた。テーブルに着いたところへ、店主が寄って行って、耳打ちするのが聞こえた。


「ここだけの話、私はね、お客さんをちょいとばかし――しかし今はネタ切れで――」


 新しいお客さんは鈴花たちのことを、コッソリ見ていた。なにかだまされている人を見るような目であった。


 食べ終えると、お勘定して、カフェを出た。


 さっきのお客さんたちはどこからきたのか、あいかわらず人と出会わないまま、森の中の道を進むにつれて、やっぱり森は深まっていくらしかった。木々が大きく、古くなり、息苦しいわけでもないけれど、空気が濃くなってゆくように感ぜられた。


 このままどれくらい深くなるのかと思っていると、《ここが最も深いところ》と書かれた看板が立っていた。それがまた、突き刺したというよりも、そういうかたちの植物が生えているかのような看板なのだった。


 つまりはそのようなものが生えるほどに深い森の中で、またもや一軒のお店があったのだが、その建物もまた、それが生えているかのような建物だった。



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