第16話
里子に読ませてあげるための日記なので、それがない今、不完全なかたちでは聞かせてあげたくなかった。
そのむねを伝えると、
「いいじゃないの、ちょっとだけ聞かせてちょうだい」
「だめだめ。もう書いちゃったんだもの。書きもらしたことも、今ちょうど覚えてるけど、カンジンの日記がここにないんだもの」
「うーん。むつかしい理屈なのねえ。――ところで、その耳は本物なの?」
「そうよ。さわって」
里子はさわった。先っぽはちょっと冷たくて、ぴくぴく動いた。
「どうしてそういう耳になったのか、聞かせてくれないの?」
「またこんどね」
里子はちょっとすねたような口をしながらも、納戸を探しに行き、使わなくなった加湿器を持ってきてくれた。鈴花はお礼を言って受け取って、
「お母さんは?」
「それはそれは心配してるわよ」
「ふふふ。いいね。今どうしてる?」
「今は仕事に行ってる。お友だちも先生も心配してるわよ」
「ますますいいわね」
「でも事件にならないのよ。不思議ねえ」
「それはきっと、ガマシーのおかげね」
里子はきらりと瞳をかがやかせて、
「それはどなた?」
「おっと、おしゃべりがすぎたな。そのうちね。ガマシーより鳥子さんが先だし、コアラのじじいもいるから。それじゃおばあちゃん、もうすこし行ってくるからね」
鈴花は祖母里子を抱きしめて、ベランダに戻った。鳥子さんが待っていて、扉を開けてくれた。
鈴花が扉をくぐって行くのを、里子はカーテンの隙間から見ていた。鳥子さんが気づいて、会釈した。里子がガラス戸を開けると、鳥子さんは、
「お孫さんをお借りいたします」
と、丁寧にあいさつした。里子は、
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
と返して、ふかぶかと頭を下げた。
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