この世界でオレだけが叙述トリックに気づいている件について
円居挽
この世界でオレだけが叙述トリックに気づいている件について
どれだけ遅く寝ようとも、朝になると腹が減って目覚める。
オレはベッドの上で思いっきり手足を伸ばすと、隣で眠っている円が唸る。
「んん……」
人生も折り返し地点を迎えると、目覚めた時に隣に誰かがいるということが妙に嬉しい。勿論、そんなことを円に伝えるつもりもないが。
窓から差し込む朝の光が乱れたシーツに白い影を落としている。隣で眠る円の呼吸は規則正しく、そして深い。
暑がりの円はいつも無防備だ。今日も薄いタンクトップにショーツ一枚。はみ出した肉感的な曲線が、朝の冷えた空気の中で艶かしく光っている。円は「三十を過ぎて太った」と言っているが、今ぐらいが丁度いいと思う。
そんなことよりも朝飯だ。
オレは円の肩に手をかけ、強めに揺さぶった。だが微動だにしない。この女の眠りの深さにはいつも閉口させられる。
仕方ない。こうなれば力技だ。
オレは円の豊かな胸へ手を伸ばした。指先を沈め、思うさま揉みしだく。左右交互に、執拗に圧をかける。これだけの重みがあれば、嫌でも意識は浮上するはずだ。
やがて円が小さく声を漏らして身悶えした。
「
円は薄目を開け、寝ぼけ眼でオレにキスするとまた目を閉じる。そのまま寝るつもりらしいが、キスぐらいでご機嫌を取れると思ったら大間違いだ。絶対に起こしてやる。
これまで円を起こす際に思いつく限りのことを試してきたが、円は何をされても基本的には怒らない。結局のところ、こいつはオレのことが好きでたまらないのだ。
このままタンクトップの上から乳首を噛んでやろう。
そう思って顔を近づけたが円は気配を察知したのか、腕を組んで胸元をガードし、更にオレに背中を向けてしまった。戯れを切り上げようとする仕草だ。
こいつもオレのあしらい方が本当に上手くなったな。だが、まだまだ甘い。
オレは無防備に晒された尻に狙いを定め、歯を立ててやった。
「きゃっ……」
円は小さく叫んだが、オレの方を困ったように見る。
「……もう、乱暴なんだから」
「起きろよ。客が待ってるぞ」
円は気怠そうにベッドから這い出し、着替えて、人前に出る支度を始める。オレはその様子を眺めながら、次はどんな悪戯をしてやろうか考えていた。
……何か文句がありそうだな。でもこれだけは言っておく。
ここはオレにとって都合のいい世界なんだよ。
*********
この世界は誰かによって作られたものらしい。そしておそらくはミステリーの舞台にするために作られている。
オレも一登場人物に過ぎないが、どういうわけかそれを自覚できている。
作られた世界で生きている自覚があるとたまに悲しい気持ちになる。例えば円も誰かに作られた存在であること、おそらくは用意された世界の外に出られないこと……考え出すとキリがないから、あまり考えないようにしている。
とはいえ、作られた世界で生きるのも悪いことばかりではない。事件がない限りは平穏が約束されているわけだから。なのでオレは日々、事件の種を探すのが癖になっている。
今日もペンション円居荘は平和だった。
「いってらっしゃいませ~」
円がチェックアウトした客を丁重に見送る。オレはその様子を眺めるのがたまらなく好きだ。
円はこの円居荘の経営者だ。と言っても従業員はおらず、実際は料理から掃除洗濯まで一人で何でもやる。冬はスキー、夏はハイキング目当ての客が来るので忙しい日は本当に忙しい。
円は元々東京で作家をやっていたのだが、親族からこの円居荘を相続したのを機にここらに移住してきたのだ。今や管理人業の合間に小説だの漫画原作だのゲームシナリオだのを書いている。どっちが本業だか解りやしない。
ただ、作家業もペンション経営も波のある仕事なのは間違いない。円はその乗りこなしが上手いのか、閑散期に書き物仕事を入れることで凌いでいる。今のところ円居荘は売りに出されることもなく続いている。お陰でオレも寝食に不自由しないってわけだ。
*********
気がついたら食堂でぐっすり寝ていた。
「んもー、また寝て。もうおじさんなんだから運動しなさいって言ってるのに」
丁度、部屋の清掃を終えたばかりの円が食堂にやってきた。
時計を見ると今は14時30分。円居荘は15時からチェックイン受付なので、割とギリギリまで清掃していたことになる。
「寝たいところで寝るのが一番気持ちいいんだよ」
そういや今日も六部屋全部埋まるんだった。そりゃ、円も大変だ。
「あ、清掃ですっかり忘れてたけど昼ご飯出すね」
そう言って円は怒りもせず、オレの飯を用意しに行く。
オレに都合が良すぎる? そりゃそうだ。この世界は……。
ふとオレはフロントのカウンターに一枚のプリントが置かれていることに気づいた。覗き込んでみれば、今日円居荘に泊まりに来る大学生グループの宿泊者リストだ。
「あら、仕事を手伝ってくれるの?」
飯を運んできた円がオレの背に声をかける。
「手伝わんが……大学生の男女なんて泊めたら大変だろ」
そこまで言って、「男性5 女性1」という円の走り書きを見つけた。
男性五人に女性一人……だと?
気持ちの悪い引っかかりを覚えて、オレはリストにある六人の名前をあらためて見る。
久我 陽(くが あきら)
間宮 礼二(まみや れいじ)
鳴海 悠太(なるみ ゆうた)
吉良 周平(きら しゅうへい)
鳳 壮介(おおとり そうすけ)
神崎 泉(かんざき いずみ)
六名分の氏名を凝視したオレは思わず声が漏れる。
「……おいおい、マジかよ」
ミステリー好きなら誰でも違和感に気づく。
確実に叙述トリックだ。
*********
さて、叙述トリックレクチャーといこうか。
叙述トリックとはミステリー小説などで使われる、
大抵の場合は作者が読者に対して登場人物にとって自明なことを敢えて伏せたり、誤魔化したりすることで成立する。即ち、実際の犯罪者にとっては何ら使えないトリックである。
そしてオレはこの世界がミステリーのために作られたものであることを知っている。だから、この世界でオレだけが叙述トリックの可能性を察知できるということだ(タイトル回収もここで済ませてしまおう)。
これからこの円居荘で起きることは明白だ。オレがこの紙切れ一枚で仕掛けをどうして看破できたか、初心者のために丁寧に解説してやろう。
まず、このリストの中で二人だけ浮いている名前がある。
久我 陽(くが あきら)
神崎 泉(かんざき いずみ)
「陽」も「泉」も両性に使える名前だ。ミステリーにおいてそういう名前が出てきた時点で性別誤認トリックを警戒すべきだ。
……警戒できなかった? 一生素直なアンタでいてくれ。同じトリックに何度も騙されるかもしれないが、こんなもの解らない方が幸せな人生を送れる。
更に重要なのは円が書き込んだ「男性5 女性1」という内訳だ。紅一点という設定は読者のバイアスを縛るのに最も都合がいい。普通、この二つの名前が並んでいて、グループに女が一人だと言われれば十中八九、読者は「神崎泉(女)」と「久我陽(男)」という組み合わせを想像する。
だがプロはその先入観を利用する。だからいかにも女性っぽい響きの神崎泉が男であり、いかにも男らしい名前の久我陽が実は唯一の女……まあ、間違いないだろう。
他の四人……間宮、鳴海、吉良、鳳。こいつらは名前の響きからして、おそらくステレオタイプな男どもの役割を与えられているのだろう。そんな中でこの二人の名前だけが揺らいで見える。
「まーた難しい顔して。そんなに今日のお客さんが気になるの?」
「こいつら、なんかやるって! 今からでも追い返そうぜ!」
「挽は大学生が嫌いよねえ」
それはあいつらが猿以下だからだ。隙あらばヤるし、人目がなくてもヤる。前に散歩してたら裏山で……いや、この話はいいか。
「いいか、よく聞け。このリストには叙述トリックの種が蒔かれてるんだ。泉が男で陽が女なんだよ、きっと!」
「ふふ、何言ってるか解んない」
これだよ! 円にはオレの真意が通じない……だから円居荘を守れるのはオレしかいないのだ。
「だいたいさ。大学生なんだから、青春を謳歌した方がいいに決まってるじゃない。それを助けてあげるのが大人の役割ってものよ」
……まあ、ここが円のいいところか。
だからこそ、円の城である円居荘を曰く付き物件にするわけにもいかない。円が路頭に迷えば、オレのこの素晴らしい生活だって失われる。
まあいい。叙述トリックが使われることに気づいているのだから、どんな連中が来ようと、事件を阻止できる筈だ。
オレは円の用意した飯を食べながら、連中の到着を待つことにした。
*********
砂利を力強く掻くような音がした。外の砂利道に車が入ってきたのだろう。見れば一台のワゴン車が円居荘の前に停まっていた。
オレはフロントのカウンターがよく見える位置に陣取り、連中を待つ。
「レイの運転は荒いんだよ」
「ふっ、速いと言ってほしいなシン。お前の寝坊で遅れた分は取り戻しただろう?」
そんなことを話しながら入ってきたのはいかにも今どきの大学生といった風情の六人組だ。円が愛想よく出迎え、宿泊名簿を差し出す。
「ようこそ、円居荘へ」
「お世話になります。代表の神崎です」
こいつが神崎泉か。確かに女性的な顔立ちで、線も細いが……明らかに成人男性だ。叙述トリックの種が割れてると面白くもなんともない。
しかし礼二だからレイは解るが、シンなんて呼ばれるような名前の奴がいたかな?
「……あら、互いをお名前じゃなくて不思議な呼び名で呼んでいらっしゃるのね?」
オレの疑問を察知したかのように、円がそう訊ねる。
「ええと……どう説明したものか……」
円の暢気な問いに、泉が困ったような……それでいて蠱惑的な微笑みを浮かべて答える。
「サークルの伝統みたいなもので。ちょっと怖いのがシン、爽やかなのがレイ、鏡ばかり見てるのがユダ、一番年上の彼がシュウで、あっちの偉そうなのがサウザーです」
なんで『北斗の拳』なんだよ! どんなサークルだよ!
「まあ、素敵なニックネームね」
お前も作家ならもっと突っ込めよ! だからパッとしないんだぞ……。
待て待て。ニックネームが出てくるのは聞いてないぞ。
泉と陽の性別誤認トリックが行われるセンは依然として消えないが、ニックネームでより複雑な叙述トリックが使われる可能性が高い。
頼むからこれ以上、面倒なことしないでくれ……。
オレがそんなことを思っていると、五人が泉に群がり始めた。
「疲れただろう。ほら、ここに座れ。荷物は俺が運んでおくから」
「ありがとうシン。でも大丈夫だから」
シンが泉に身を寄せようとする。その手つきは恋人を独占しようとする男のそれ……に見えるように計算されているが、オレの目には執着心の強い女にしか見えない。ご丁寧に一人称まで「俺」にして……念入りなことだ。
「ほら、喉は渇いてないか? 車では何も飲まなかっただろ」
そう言ってレイが爽やかな笑顔で水を差し出す。姫をエスコートする紳士的なイケメンの役割を忠実にこなしている。反吐が出るぜ。
「ふん、水分不足はお肌の大敵よ。飲まないなら私が貰うわ」
ユダが鏡で自分の前髪を整えながら毒づく。女性である泉に嫉妬しているように見せかけているが、美しい同性への奇妙な対抗意識が透けて見える。
「まあまあ。水ぐらいで喧嘩するな。足りないなら俺の分もあげよう」
シュウが最年長らしい落ち着いた声で、泉を気遣う。
「貴様ら、いつまで女々しく群れている。水なんかどうでもいい。この宿の夕食は俺が最高のワインを飲ませてやる」
サウザーが傲慢な態度で言い放つ。
……このように全員が泉を姫扱いすることで、読者の脳内に「紅一点のか弱き姫」という幻想を植え付けていくわけだ。姑息だが、気づいていない読者にはよく効く。
ここでまた叙述トリックレクチャーだ。
一口に叙述トリックと言っても、「決定的な描写を避け、どちらでも取れるように書いておいて、誤認を維持する」という消極的なものと、「気づかれるリスクを取って、きわどい描写をして誤認を強める」という積極的なものがある。
いわば守りの叙述と攻めの叙述とでも呼ぶべきものがある(オレしか呼んでないが)。守りの叙述は「序盤に一点入れて、以降ずっと守り続けるスタイル」が基本だ。だから今回、泉を五人が囲んだのもそれだ。
「仲がいいのね。羨ましい」
円が何かを思い出すように言う。大学生時代を懐古しているのかもしれないが、オレは若い頃の円を知らない。当時の円の隣にいた誰かのことを思って、嫉妬した。
「仲がいいなんて……」
円の言葉に泉は口ごもった。何か引っかかることでもあったのだろうか。
「それじゃ、あなたは……ケンシロウ?」
円の問いに、泉ははにかんだ様子で答える。
「……私はユリアって呼ばれています」
お前がユリアなのかよ! いや、確かにシンに執着されてたけどさ!
*********
「……そう。ケンシロウさんは去年、海の事故で亡くなったのね」
「ええ。だから海のない場所を合宿先に選んだんです」
少しの間にフロントは湿っぽい雰囲気に変わっていた。しかし聞き出し上手の円のお陰でもう叙述トリックも真相もだいたい解った。
ケンシロウの死は事故ということになっているが、実際はサークルメンバーの誰かに責任があるものだった。ユリアは恋人だったケンシロウ(流石にユリアとケンシロウは恋人だろう?)の仇を取るために、サークルメンバーの誰かを殺そうとしている……。
正直なところ、ケンシロウの死に責任が誰にあるのかは材料が足りなくて現時点では解らない(シンか?)が、どういう叙述トリックが仕掛けられるのか見当はついた。
誰が殺されるかは解らないが、「男性にしか不可能な殺害法」で殺せばいい。あるいは「か弱い女性にはとても無理な殺害法」でもいい。いずれにせよ読者は「語り手のユリアは女性なんだから殺人は不可能だ」と思い、容疑者から除外しながら読む。
こんなことでも叙述トリックは成立してしまうのだ。
……まあ、オレ視点だと別にユリアを女性ともか弱いとも思わないので、全然除外されないのだが。
なあ、犯行前にここまでネタが割れてるんだから、馬鹿正直に事件の推移を見守る必要ないよな?
そうだ。オレがユリアの犯行を邪魔してやる。こいつらがいくら殺されようが構わないが、ウチで死なれるのだけは困るのだ。
*********
ユリアこと神崎泉が犯人なのは解っているが、まだ隙を見せない。
何度か近づこうとしたのだが、シンやサウザーにブロックされた。
サウザーに至っては聞こえよがしにこんなことまで言ってきた。
「鬱陶しいのがいるな……ユリア、部屋に来ないか?」
なんだと! お前の部屋で脱糞してやろうか?
まあ、円居荘の評判に瑕がつくからやらないけど。円にも怒られたくないし……。
「ありがとう。でも夕ご飯食べるまではラウンジでゆっくりしたいかなって」
とはいえ、困っているのはオレだけじゃない。当のユリアだって取り巻きがいる内は事を起こせない筈だ。なので、ある意味では夕食が終わるまでは硬直状態が続くことが決まりだ。
オレは夕食まで自分の部屋で寝ることにした。持久戦なら疲れていない方が勝ちやすい……当たり前だよなあ?
*********
目覚めたオレが食堂に行くと、ちょうど夕食が終わるところだった。
顔の赤さから見るとサウザーやシュウはそれなりに酒を飲んでいるようだったが、それなりに和気藹々とした雰囲気であることから察するに、「こんや、12じ、だれかがしぬ」みたいな殺伐イベントはまだ起きていないようだ。
円がみなの皿を下げながら、こう言う。
「待ってて。お茶を淹れるから」
「あ、手伝いますよ」
ユリアが間髪入れずにそう答えて、腰を上げた。
解ってしまった……こいつ、お茶に何か入れる気だ。
「あら、ありがとう。じゃあ、手伝って貰おうかしら」
お前は本当に人がいいな。さりげなく拒否せえ!
「俺も手伝うよ」
ポイントを稼ぎたそうなシンが腰を上げるが、円が笑って止める。
「二人で大丈夫よ。それに大人の男女が三人もいたら身動きとれなくなるわ」
お前まで叙述ポイント稼がんでええ! ったく……。
「……そうですか」
残念そうにシンが座る。こいつはこいつで結構いじましいな。
いや、そんなことどうでもいい。ユリアを邪魔しないと。
しかし今オレが行ったところで警戒されてしまう。現状だとユリアの策が進行するのを指を咥えて見守るしかないのか。
……いや、待てよ。仮にここでお茶に毒を入れるとなると、誰かが死んだ場合真っ先に疑われるのはユリアだ。わざわざ自分に疑いを集めることをする必要はない。
となれば……やはり睡眠薬か。自分以外全員に飲ませてしまえば、これまでと違って工作し放題になる。なんなら全員殺して雲隠れもできる。
流石に段階を刻むとは思うが、復讐鬼の頭の中身を正確に見積もれというのも無茶な話だ。それにこのままでは円も睡眠薬を飲まされるだろうし、火でも点けられたらマズい。
そうこう考えている間に、ポットを運んできたユリアがカップにお茶を注いでいく。どういうトリックかは解らないが、自分のお茶だけ安全にできる方法を用意しているのだろう。
……しょうがない。最後の手段だ。オレは足音を殺して、浴場まで走る。
ここなら音がよく響くだろう。そしてオレは脱衣所にはこないだ修繕に使ったトンカチが放置されていることも知っていた。
だからオレはトンカチで思いっきり浴場の窓ガラスを叩き割った。
ガチャン!
マズい、音を立てたかったのは事実だが想定以上だ。オレはトンカチを脱衣所に戻すと、慌てて身を隠す。間一髪で円とあの六人が浴場へ入っていった。
「どうして浴場の窓ガラスが?」
オレは悲鳴をあげる円を尻目に、食堂へ急ぐ。今なら誰もいない。だから……。
「ごめんなさいね。とりあえず今夜はもう遅いので板をあてがうから」
「しかし突然窓ガラスが割れるなんて、なんだかミステリーっぽいですね」
円たちが戻ってきた。オレは何食わぬ顔で食堂の隅に座る。
「ほら、お茶が冷めちゃうから飲もうよ」
ユリアが焦りを押し隠したようにそう言う。当たり前の反応だ。ここで全員に薬入りのお茶を飲ませられなければ、きっと計画は総崩れだろうから。
そして思った通り、ユリアはカップを手に取って率先してお茶を飲んでみせようとした。お茶に何も入っていないことを示した上で、他の連中にもカップを取らせる同調行動を誘いたいのだろう。
ユリアはお茶をグッと飲んだ。
だからこそ、この事件はここで終わりだ。ユリアが飲む筈だったカップはシンのものとすり替えておいたからだ。
「あれ、なんか、変だな……」
ユリアは急にぐったりし始めた。もしかして睡眠薬でなくて筋弛緩剤でも入れてたのか? だとしたらオレがすり替えなかったら大変なことになってなかったか?
いや、シン以外のカップの中身がどうなっているのか確認する気までは起きないが。
「どうしたユリア?」
「おい!」
「大変だ! 救急車を」
ユリアを囲んでドタバタし始めた学生たちの姿を見て、オレは急速に興味を失っていった。一刻も早くここから出て行ってほしい。それ以外の感情が湧かない。
それに……叙述トリックが先に解ってしまったミステリーなんて追っても面白くないだろう?
*********
その夜、ベッドの隣で円がつぶやいた。
「あの子たち、大丈夫かしら……」
薬入りのお茶を飲んで倒れたユリアは救急車で運ばれた。助かるかどうかは知らんが、即死するような毒物を入れなかったのが多少は良かったのだろう。
仲間たちもユリアに同行して、円居荘を出て行ってしまった。
ユリアは今回の件で悔い改めるだろうか。それとも復讐心をより一層昂ぶらせて、再度の機会を伺うだろうか……まあ、復讐の舞台が円居荘でなければどうでもいい。
オレは愛おしい円の手を舐める。最初は何も言わずに舐められていた円だったが、くすくす笑い始める。
「くすぐったい。何、心細くなったの?」
そう言って円はオレの頭を撫でる。オレはこれが好きだ。とうにいい歳になったのに、たまらなく幸せを感じる。
「色々あって疲れたから……寝ましょう」
「そうだな」
「じゃあ、おやすみ。挽」
オレは挽。優しく美しい飼い主と一緒に暮らす、この作られた世界で一番幸せな猫である。
<END>
(ここからPR)
本作『この世界でオレだけが叙述トリックに気づいている件について』は『京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて』の宣伝のために書き下ろされた短編です。
『京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて』はカクヨムネクストで好評連載中!
https://kakuyomu.jp/works/16818792437338032562
面白かったらフォローしたり、レビューを書いたりしていただけると嬉しいです。
そして単行本も12月25日に出たばかりです。
https://kakuyomu.jp/publication/entry/9784046850782
興味を持っていただけたら是非。
ちなみに『この世界でオレだけが叙述トリックに気づいている件について』が面白かった場合、フォローやレビューをいただけると『この世界でオレだけが事件関係者の血縁が解る件について(仮)』が書かれる可能性が高まります。
この世界でオレだけが叙述トリックに気づいている件について 円居挽 @vanmadoy
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