第8話 安堵山
完全に夜が明けると、安堵山近くの駅にバスが到着した。重いリュックを担いで、きょろきょろと辺りを見渡し、不安げにバスを降りた。さて、ここからだ。
タクシーの運転手さんに安堵山のことを聞いて回るなどということはできそうにない。そんな勇気はない。あたしらしいとトキなら笑うだろうか。
でも、あたしにはとっておきがあった。漠然とここへ来たのではない。今回の旅は、行き当たりばったりではない。あたしは、慎重なばかだ。安堵山を示す重要なマークを大学に残る古い資料から見つけていたのだ。この旅の背中を押したマークだ。このマークを手がかりに安堵山を見つけるのだ。マークには、いかにも魔女が描きそうな山といろんな言語で「安堵」という意味の文字が書かれていた。
駅周辺の地図が書かれた看板を見つけた。
「あった」
嘘みたいな話だが、すぐに安堵山を示すマークがその地図に書かれていた。それもご丁寧に、あと三キロと書いてあった。
「近い」
「近すぎないか?」
「こんなに近いのか」
とぶつぶつとあたしは独り言を言った。
こんなに事がうまく運ぶなら、願いを今すぐ魔女に叶えてもらって、
「ナリは、普通の子になりました」
とママに伝えよう。ママは、言う。
「心配していたのよ」
あたしは答える。
「ナリを信じることも大事だったでしょ」
あたしが正しかったことを褒めてもらうのだ。
この調子でいけば、新調した靴も汚れずに済みそうだ。ママは、どんな顔するだろう。喜んでくれるだろうか。ママの顔を想像すると、心は弾んだ。親孝行になる。今までしたことのない親孝行に。
案内板に書かれた道のりを紙に丁寧にメモした。その地図を見ながら、歩き出すと、分かれ道には、丁寧に看板があり、「あんどやま」と矢印で方向が記してあった。その看板を頼りに、右へ左へと進んだ。途中に砂利道があったり、歩道が狭いところがあったりした。
急に小雨が降ってきて、あたしは、やはり願いを叶えるためには、それなりの苦労が必要であることを思い出しながら歩いた。
ようやく駅の案内板に書いてあった所に到着すると、そこは、周りの音を拒絶し、神聖な沈黙が辺りを支配していた。すーっと風があたしの周りに吹いた。
ここからは地図にない道だった。周囲をぐるりと見渡すと、旗が落ちていた。近づいて、旗に書いてある文字を読むと、「あんどやま」とひらがなで書かれていた。
着いたんだ。ここが安堵山か?
魔女の小屋も、山も、魔女の姿も何一つ見つけることはできなかった。
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