第7話 出発

 パパとママが寝静まった後、見つからないように、こっそりと家の玄関を出た。家の鍵は、お守り代わりにポケットに入れた。

 ぴかんぴかんに光る満月が、あたしの行く末を祝福するように、輝いていた。決意の夜、神様はあたしに微笑み、あたしの身体は、ふわふわと軽くなったように感じた。

 最新の民話を集めた本の中に、安堵山があるとされる場所に一番近い駅が書いてあった。とりあえずその駅に夜行バスで向かうことにした。表紙に河童が書いてある怪しい本だ。不確かな情報だったけど、そこへ行き、何も手がかりが見つからなければ、また探せばいい。家を出るという行動にちゃんと移せたことで、気持ちは高揚していた。

 あたしの他に乗客が三人というバスに乗り込むと、他に席がたくさん余っているのに、白髪を一つに束ねたおばあさんがあたしの隣の席に座った。

「どこに行くの?」

 いきなり知らない人に話しかけられたらどうすると教えられたっけ?

 おばあさんは、あたしの答えを微笑みながら待っている。気持ちは不安と期待が入り混じって、よくわからないテンションになっていた。

「安堵山に行きたいんです」

「そうよね」

 知っているなら聞かなくていいのにと思った。少し身体が青くなった。わかる人には、あたしが変わっていることがわかるのだろうか。

「あなたの運命を占って欲しい?」

「お金はありません」

「いいのよ。このバスの通称が占いバスだとは聞いたことがある?」

「いいえ、初耳です」

「乗車券に占いがついているのよ」

「そうなんですか」

 そうやって騙されるわけにはいかない。まだ旅は始まったばかりだ。

「本当にお金はないんです」

「わかったわよ。それより私のアドバイスが知りたくないの?」

「特に必要ないんじゃないかと思います」

 おばあさんは、くくくと笑い出した。

「あなたおもしろい子ね。安堵山へ向かう人は、みんな不安だから、私のアドバイスに、すがりついてくるのに」

「あたしに助けが必要だと思ったんですか?」

「だってこのバスに乗る人は、救いが欲しくてたまらないのよ」

「あたしの目的は、安堵山に、自分の力で、たどり着いて、魔女に会って、普通に戻ることなんです」

「あなた普通じゃないの?」

「それには答えたくありません」

 おばあさんはくくくとまた笑った。

「じゃ、私のアドバイスは聞かなくていいのね」

「いや、タダなら聞きたいです」

「じゃ、聞きたいのね」

 と言って、くくくとおばあさんは笑った。

「何占いにしようかしら」

「種類が選べるんですか?」

 とあたしが喜ぶと、おばあさんは、またくくくと笑いながら言った。

「あなたは変わっているわね。種類にそんなに食いついてきた子はいなかったわ。タロットにしましょう」

 占いの準備ができると、何について占うかを聞いてきた。

「もちろん安堵山に行けるかどうかです」

「そりゃそうね」

 まだ可笑しいらしくて、おばあさんは、くくくと笑っていた。

 そして、あたしの目をしっかりと見ると、語り出した。今まで笑っていたおばあさんとは違った表情になり、真面目にあたしに語りかけた。

「この世の中に神様がいるなら、きっと起こらないだろうという残虐な出来事もあるわ。だけど、長く生きて、諦めない限り、今まで生きてきたご褒美のような日もくるのよ。神様は、私たちから同じ距離で、それぞれを見えているのよ。行いは見つかっているわ。本当はね。だけど、志の高い人には、遠くに、背の高さや年齢、性別には関係ないのよ。さらに求めることが大きいと、さらに神様は遠くに、何かを得るためには、犠牲も必要になるわ。だから、人はそれぞれの願いを星に願うのね」

 占いだか、諭されているのかわからない話を延々とされて、あたしは、途中から真面目に聞いていなかった。この人は、魔女じゃないと思ったから。願いを叶えてくれる人ではない。もっともらしい話が一番怪しい。

 最後の一言は、

「実りの多い旅になるわ」

 という言葉だった。それだけ覚えて、あとのアドバイスは、おばあさんには悪いけど、忘れることにした。最後の一言は、あたしの明るい未来を想像できて、わくわくしたから、覚えておこうと思った。何しろタダの占いなんだから、何を参考にするかはこっちの勝手だ。

 占いより、あたしが、昨日より、今日、明日へと安堵山へ続く道を着実に歩めている気がして、嬉しかった。心の中に行きたい方向が、まっすぐに見えていることは、とても素敵なことだ。そうだ、ゴールはあたしの前に開かれている。

 おばあさんの話を聞き終え、これからの旅をどう進めようか考えて、物思いにふけっていると窓から朝焼けが見えた。その美しさに見とれて、しばらく無言で、昇る太陽を見つめていた。隣のおばあさんにその美しさを伝えようと、隣の席を見ると、おばあさんの姿は消えていた。

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