第2話 学校

 小学校の入学式に向かうあたしに、ママは言った。

「ナリ、学校では青くならないようにしないとね」

「どうして?」

 幼いあたしは、自分の状況を把握できていなかったんだと思う。

 ママの心配はまた的中した。

「ママ、今日ね、学校に犬が入ってきてね」

 と学校での様子を報告するあたしに、

「ナリ、青くなっちゃったの?」

 とすぐママは反応した。

「なんでわかったの?」

 ママは黙ってしまった。

「ナリね、犬より注目されちゃってね。みんなが犬よりナリを指差してね。気持ち悪いって。ナリって気持ち悪いの?」

 とあたしが大きな声で報告すると、ママは、困った顔をした。この頃のあたしは、周りにまだ期待を持っていたんだと思う。避けられることに悲しみという感情があったのだから。どうしてあたしが注目されるのかはわからなかった。

 小学校で一人困惑しているあたしに、ある女の子が寄ってきて言った。

「あんたは、変身するヒーローみたいね」

 あたしには、普段人が寄り付かないのに、ずんずんとあたしに迫ってきたのが、トキだった。あたしは、すぐにトキのことが大好きになって、嬉しくて、家に帰ってすぐにママに報告した。

「ママ聞いて」

「どうしたの?」

 ママは悲しい顔をした。

「トキに話しかけられてね。トキは怖がらないの。ナリは、すぐ青くなるから、変身するヒーローみたいだって」

「おもしろい子ね」

 あたしは、トキと今度遊ぶ約束をして、友達になったことをいつも以上に青くなりながら報告した。そんなあたしを見て、ママは泣き出した。

「そういう子もいるのね」

「どういう意味?」

「トキちゃんを大事にしなさい」

「うん」

 あたしは、次第にトキ以外の子とは話すこともなくなっていった。多くは望まないのが、あたしのスタイルになった。

 隣町でトキを見かけたことがある。トキは、女装をした男の人と手をつないで歩いていた。その男の人の派手な服装を見て、周囲の人が、好奇のまなざしを向けていた。ちらちらと見ては、ひそひそ話をするといった具合に。あたしは、なぜかトキに話しかけなかった。その後、隣町でトキを見かけたことを話題にすることもなかった。

 あたしは、遠足でもあると、すぐにテンションが上がって、一日青くなってしまって、同じ班の子たちも気持ち悪がって、誰も一緒に行動してくれなかった。

 とぼとぼと空を見ながら、悲しくなって歩いていると、トキが、

「ナリ、この飴食べな」

 と飴をくれた。あたしは、トキに聞いた。

「なんでナリとしゃべってくれるの?」

 トキは他にも友達はいるけど、ちょっと特殊な位置にいるのだとナリは知っていたが、それでも不思議だった。

「だってナリは、人の悪口を言わないもの。ナリにはわかるだろうけど、みんな子供なのよ。誰かの陰口なんか全然心がわくわくしないもの」

「トキ、仲良くしてくれてありがとう」

「ナリ、やっぱりあんたヒーローよ」

 そう言ったトキは、太陽の光に照らされていて、ほんとうに嬉しそうに笑った。

 あたしは、子供で、自分の感情をコントロールするのが難しかった。

「あっ、蜂が入ってきた」

 それだけで、すぐ青くなってしまった。クラスの中で、目立たないように浮かないようにしようとすればするほど、他人との間に距離ができていった。

 中学に入る頃には、あたしの居場所は、自分の机か、誰もいない屋上になった。時々、トキがやってきて、

「普通にしていればいい」

 と言ったが、あたしは、普通について頭を悩ますことになるだけだった。部活動に入る勇気などもなく、家に帰ると、

「ナリ、大丈夫?」

 と心配性なママは、毎日あたしに聞いた。その心配は、あたしをさらに心を沈ませるだけだった。まっすぐにママの顔を見ることができなくなった。

 あたしは、何の悪いこともしてないのに、他人が怖くなった。かろうじて、自分の部屋で、大丈夫と自分に言い聞かせるしかなかった。

 ママがあたしを励まそうと思ったのか好物のパンケーキを作ってくれた。あたしはたまらず愚痴をもらした。

「ママ、遠くへ行きたい」

 ママは悲しそうな顔をしてあたしを見て言った。

「どこに行きたいの?」

「ここではないどこかへ」

「どこに行きたいの?春休みになったら、連れて行ってあげるわ」

「今行きたい」

「だから、どこに行きたいの?」

「ここは嫌なの」

「わがまま言わないで」

 と泣かれた。ママは困ってしまったようだった。

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