あおくなり

渋紙のこ

第1話 はじまり

 どんどん青くなる。あたしの身体が青くなる。自ら発光する青を。あたしは一つの点になる。青く光って、暗闇でも見つけてもらおうと。いや、照らしながら、周りの様子をうかがう青になる。暗闇をぼんやりと、でも確かに私は青くなる。へんてこなあたしに夢をひとつください。普通になりたいから。みんなと同じがいいから。はみだしたくはないのです。でも、ほんとうは、青き一等星になりたい。矛盾するぐちゃぐちゃはあたしの心の中。


 あたしのママは、なんでも一番星が好き。それが、全部嘘ならいいのに。ママは、あたしのことより一番星が好きだった。日が暮れ始めると、縁側で、ママは隣にあたしをちょこんと座らせて、一番星を探させた。


 みんなと仲良くならないといけないの?


 そう聞くあたしからママは、目を離し、うつむくと、「今日も一番星が出るといいわね」と話をそらした。


 私のことよりナリのことが大事なのよというママの愛が重くて、心地よくて、背筋がゾクっとした。まるでホラーみたいだった。常に体が少しずつ侵食される恐怖にさらされているような気分だった。


 夕方になると、必ずベランダで陽が落ちるのを待った。ママとあたしは、同じものを見ているのに、それぞれ違うものを探していた。ママは、晴れている日、希望を見つけるように一番星を探した。一番星が出ない日、ママは、あたしの将来を憂いて、泣き崩れた。あたしは、あぁ、逃れられないとママの鎖に息苦しさを覚えた。


 ママは、あたしを妊娠したことがわかった日、ベランダからきらきら一番星が見えたとしつこいぐらいにあたしに語った。そして、続けて、壊れたからくり時計のように同じ話を繰り返した。ナリの産声が響いたとき、病室に歓声が上がったのよ。とても盛り上がったわ。ナリの誕生を大人たちはみんなハイタッチで祝ったの。だけど、その声に呼応するように、ナリは泣き出し、みるみるうちにナリの身体は青色に変化して、それを見た周りの大人たちは、顔を見合わせたの。異様な光景を目にして、その場にいた全員が言葉を失ってしまったわ。みんな、ナリの将来に差し込む影を感じ、難産でナリを産んだばかりのママに不安と動揺を隠さなかったのよ、とママから涙ながらに何度も何度も聞かされた。ぎゃんぎゃんとママはいつも泣いた。あたしの産まれる前にママは時を戻してほしいのだと思った。その話が始まるたびに、あたしの心はいつもずしんと重く沈んだ。


 それでもママは、ナリは、ママの希望よと言い、一緒に一番星にお祈りするのよと。耳が痛かった。あたしにはわかっていた。ここであたしが、「痛い」と耳を押さえてしまったら、ママがとても悲しい顔をすることを。だから、耳を押さえることを必死にこらえた。ママはママにわからない世界をあたしが持つことをとても怖がった。ママは自分の知っている世界しか知らなかったんだと思う。星に願えば、願いは叶うとママはなぜ思ったんだろう。ママの気持ちは、あたしにはわからない。そう、あたしは、ママの気持ちはわかりたくない。だってあたしを高く売るだけが目的のママの願いだったから。あたしは売られたくない。少しでもはみだしたら、ほら、見ろと。ママはいつでも正しいのよと胸を張って言うだけの、それだけのためだった。あたしがそれを受け入れたら、あたし自身がこの世に生きている意味がない。あたしが幼い頃のママはいつも大変そうで、何かと戦っていた。何と戦っているのかは、あたしにはわからない。


 あたしは、時々身体が青色になる以外(何度も病院で検査したが)、脈拍も、内臓も、全て何一つ異常は見つからなかった。ただ、ただ一つだけ。そう、身体が青色になること以外には何も。


 パパとママは、原因究明に躍起になった。わからなかったからだ。なぜ教師と専業主婦のごく普通の親の元に、あたしのような特性を持った子が産まれたのか。毎晩のようにパパとママは話し合った。自分たちにわからないものは、受け入れがたいと思ったのかもしれない。責められる限界まで、自分たちを責めながら。


 でも、その後もあたしは、ハイハイを始める時期も、歯が生える時期も、他の子と変わらず、すくすくと育ったので、パパは言った。「人に迷惑をかけているわけではないから」。このパパの言葉にいつもママは返した。「心配で仕方ないわ。この子は普通にはなれないのよ」と。


 ママは、料理上手で、いびつなにんじんをおしゃれに盛り付けるのがとても上手だった。なんでもできるママだったから、あたしのことも努力すれば、なんとかなると思っているみたいだった。

 ママは変わっている娘のあたしをどうにか普通にしたくて、あらゆる努力をした。あたしにも同じ努力を求めた。

「ナリ、お菓子作りしましょうね」

 恐怖の始まりの一言だった。そう言われると、あたしはとりあえず一回聞こえないふりをした。

 ママは、幼いあたしに一ミリグラムも違わずに計量することを求めた。求められるようにできないとママは半狂乱になってあたしを怒った。あたしは計量が大嫌いだった。ママが、一ミリグラムも違わないように、目を皿のようにしてあたしを見張っているので、あたしは、とても窮屈で、息が詰まりそうだった。

「失敗しちゃった」

 とあたしはママに笑って見せたかった。ママはそれを決して許さなかったけど。

 ランドセルを選ぶときもそうだった。

「ナリは、これでいいわね」

 目立たず、形も色も大人が考える完璧なランドセルをママはあたしに買い与えた。

「虹色のランドセル」

 ナリが、もしそんなことを言ったら、ママは何日泣いて暮らすかわからない。それは、あたしにとって恐ろしいことだった。


 ママのご機嫌取りは、ナリの得意技になった。ママは、優しくないわけではない。ご近所付き合いも上手だ。優等生のママは、ずっと褒められて生きてきたから、そうならないことが、とても不安だったんだと思う。ママの優等生エピソードも耳が痛くなるほど聞かされた。少なくともママは、周りの人にあたしのことでママ自身には非がないことを知ってほしくて、ちゃんと子育てができていると褒めてもらうのを待っているようだった。だから、パパもあたしも、時々、ママが味つけに失敗しても、まずいと言えずに、まずい料理をもくもくと黙って食べた。


 子供ながらにずっと観察してきた。あたしは考えてきた。ママの気持ちを想像するたびに、あたしは、悲しくなった。あたしは、ママの持ち物なの?それも重い荷物?

 一方、そんなママを尻目に、パパはあたしが青色になる法則を見つけた。

「ママ、ナリは、感情が高まると、どうも青色になるようだ」

 とパパが、宇宙の法則を見つけたかのように嬉しそうにママに言うと、

「そうかしら」

 とそっけなくママは言った。ママは、あたしのことなど見ていなかったから気づかなかったんだと思う。ママは自分のことで精一杯だったから。

 パパは、またあたしを観察して言った。

「ナリは、感情が溢れやすい子だ」

 少しずつあたしだけが持つ特性をパパとママが理解すると、二人ともナリの存在を少しずつ受け入れ始めた。まことに奇々怪々なことに次第に慣れていった。自分たちの子であることは変わりようがない。ママのお腹の中から出てくるのをみんなで見ていたのだからと。


 一方で、あたしは、成長につれて、他の子との違いを否が応でも知ることとなった。

 あたしは他の幼稚園生と遊んでいても、よく笑われた。青色になるのが可笑しいらしかった。靴を隠されたり、よくいたずらをされたりするようになった。先生もどう扱っていいのかわからないようだった。


 他の子たちは、感情が高ぶっても、青色に身体が変化したりはしなかった。次第に異質のあたしは、排除された。他の子との間に見えない距離ができるようになった。あたしは、周りの子の輪から離れたところで、いつも周りの様子をうかがう子になった。ママもその頃には、あたしの世界が、少しずつ悲しみに覆われていくのを感じ取ったんだと思う。

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