長安の衣服と性風俗

 805年、唐の貞元ていげん21年にあたる長安は、徳宗とくそうの治世末期にあり、安史あんしらん(755~763年)の傷跡から立ち直りつつある国際的な文化都市であった。この時期の長安は、漢族かんぞくの伝統と西域せいいき胡風こふうが交錯し、服飾や生活様式に華やかさと多様性が色濃く反映されていた。絹の衣装が街を彩り、胡床こしょうに座る貴族の優雅な姿や、市場で胡座あぐらをかく平民の活気が、長安の日常を形作っていた。以下、服飾、生地の種類、下着の形状と着用の有無、座り方、そして生活様式の特徴を、歴史的資料に基づいて調べてみた。



 長安人の服飾は、階級と性別によって大きく異なるが、唐代の豊かな絹文化と西域せいいきの影響が共通の基調である。貴族や官僚の男性は、ゆったりした長袍ちょうほうである「ほう」を愛用した。ほうは長いすそと広いそでが特徴で、地位に応じて紫、、緑、青などの色が定められていた。


 例えば、三品さんぼん以上の高官は紫のほうをまとい、宮廷での威厳を示した。頭には「幞頭ぼくとう」という布製の帽子をかぶり、硬いつばが顔を引き立てる。儀式では「朝服ちょうふく」や冠付きの「冕服べんぷく」が用いられ、徳宗とくそうの治世ではこうした礼装れいそうが宮廷の荘厳そうごんさを演出した。一方、平民の男性は動きやすい「さん」や「はかま」を選んだ。さんは短いチュニック型の上着、はかまはゆったりしたズボンで、あさ綿めん製が一般的であった。


 労働者はさらに簡素な短衣たんいや「じゅ」をまとい、汗とほこりにまみれながら市場や工房で働いた。長安の国際性は、ソグドそぐど人や突厥とっけつの影響を受けた「胡服こふく」にも表れる。短い上着やブーツを組み合わせた胡服こふく、特に騎馬文化に由来する「靴袴くつばかま」は、若者の間で流行し、街に新たな活気をもたらした。


 女性の服飾は、貴族と平民で異なるが、華やかさが際立つ。「襦裙じゅくん」は女性の代表的な衣装で、短い上着の「じゅ」と長いスカートの「くん」を帯で結ぶスタイルである。貴族女性は絹製の襦裙じゅくんに雲や花の刺繍ししゅうを施し、袖口そでぐちすそ金糸きんしやビーズを飾って優雅さを競った。頭には「歩揺ほよう」という揺れる装飾品付きのかんざしを挿し、白粉おしろいべにで顔を彩る化粧が欠かせなかった。


 平民女性も襦裙じゅくんを着たが、生地はあさや粗い絹で、色は淡い青や灰色が多かった。市場で働く女性は、動きやすい短裙たんくんはかまを選び、装飾を省いた簡素な姿で客と談笑した。西域せいいきの影響は、胡帽こぼう窄袖さくしゅうの上着として現れ、特に酒肆しゅし舞姫まいひめ胡姫こきは、ペルシア風の透ける生地や鮮やかな色を好んだ。こうした衣装は、長安の夜を淫靡いんびに彩り、詩人や貴族の視線を奪った。



 服飾を支える生地の種類は、唐代の経済と交易の豊かさを物語る。絹は長安の代名詞であり、貴族や富裕層は「」や「にしき」を愛用した。は軽く透ける絹で、夏の衣装や女性の舞衣まいぎぬに最適だった。にしきは複雑な模様が織り込まれた豪華な絹で、ほう礼装れいそうに重宝された。西域せいいきからのペルシア絹は高級品として珍重され、長安の市場で高値で取引された。


 光沢のある「あや」や厚手の「どん」も、冬の衣装や装飾品に用いられ、貴族の邸宅ていたくを彩った。平民はあさを主に使い、粗い「ぬの」や細かい「細布さいふ」で日常着を作った。あさは夏に涼しく、冬は重ね着で暖をとる実用的な生地だった。綿めんは南方からの輸入品で、805年頃はまだ普及途上だったが、平民の安価な衣類に使われ始めた。突厥とっけつ吐蕃とばんからの毛織物けおりものは、毛氈もうせん毛布もうふとして冬の防寒に欠かせず、皮革ひかくは靴やベルト、胡服こふくのブーツに用いられた。長安の市場では、絹、あさ毛織物けおりもの皮革ひかくが並び、交易の中心地としての活気を映し出した。



 下着は、衛生と礼儀れいぎを保つ重要な要素だった。男性は「裲襠りょうとう」や「犢鼻褌とくびこん」を着用した。裲襠りょうとうはゆったりした短パン型で、腰に紐で固定する。犢鼻褌とくびこんはT字型の布で、現代のふんどしに近い形状だった。どちらもあさや薄い絹製で、通気性が重視された。貴族や平民の男性は下着を着けるのが一般的だったが、労働者や貧民は暑さや経済的理由で省略することもあり、夏の農作業では上半身裸ではかまのみの姿も見られた。


 女性の下着は「抹胸まつきょう」や「誦子じゅし」が中心だった。抹胸まつきょうは胸を覆うチューブトップのような布で、紐で背中で結ぶ。誦子じゅしは腹部まで覆う長い布で、襦裙じゅくんの下に着て体型を整えた。誦子じゅしは特に貴族女性に好まれ、絹や細いあさで作られ、腰から腹部を滑らかに見せる役割を果たした。敦煌とんこうの服飾図や文献によれば、誦子じゅし襦裙じゅくんの多層構造と組み合わさり、女性の優雅なシルエットを強調した。


 下半身には「」や短いふんどしを着ける場合もあったが、くんの重なりが下着の役割を果たすことが多かった。貴族女性は抹胸まつきょう誦子じゅしを必ず着用し、礼儀れいぎと美観を保った。平民女性も抹胸まつきょうや簡素な布を着けたが、貧困層や労働中の女性は省略することもあり、舞姫まいひめは透ける衣装の下に抹胸まつきょうを欠かさなかった。こうした下着の着用は、長安の階級社会と文化の規範を反映していた。



 座り方は、階級や場面に応じて多様だった。貴族や官僚は、西域せいいき由来の折り畳み椅子「胡床こしょう」を愛用した。胡床こしょうに座り、背を正して膝を軽く曲げる姿勢は、宮廷や宴会での礼儀れいぎを象徴した。低い台やクッションである「床几しょうぎ」に座る場合、絹の座布団や毛氈もうせんを敷き、膝を折って正座に近い形をとったが、長時間の正座は少なく、足を軽く崩すこともあった。


 平民は家や市場で、ござござわら敷物しきものに直接座った。胡座あぐらや片膝を立てる姿勢が一般的で、堅苦しさはなかった。農民や職人は作業中にしゃがむか、簡単な木のスツールに座った。市場の商人は、商品の前に胡座あぐらで座り、客と談笑する姿が日常だった。貴族女性は胡床こしょう床几しょうぎに座り、くんを美しく広げて足を揃え、軽く内側に傾ける優雅な姿勢が理想とされた。平民女性は、ござござや地面に胡座あぐらや膝を折って座り、家事中はしゃがむことが多かった。市場では、むしろに座って商品を売る女性の姿が、長安の賑わいを彩った。


生活様式


 生活様式は、食事、住居、衛生、社交の面でも長安の多様性を示す。貴族は胡床こしょうや低いたくを囲み、はしで米、麺、羊肉、魚、野菜を食べ、茶や酒を味わった。平民はござござに座り、簡単なわんで粥や麺をすすり、市場の屋台では胡椒こしょうや香辛料を使った胡食こしょくが人気だった。貴族の邸宅ていたくは中庭を囲む木造建築で、絹のまく屏風びょうぶで仕切られ、平民は土壁どべいや木の簡素な家に住み、ござござや木の床で生活した。


 長安のぼうごとに住居が密集し、夜は灯籠とうろうの明かりが街を照らした。衛生面では、貴族は香料こうりょう花弁かべんを入れた湯で沐浴もくよくし、平民は運河うんが井戸いどで水をかぶった。女性は長く伸ばした髪を毎日くしで整え、油や香料こうりょうで艶を出した。社交と娯楽は、長安の文化の華だった。貴族は宴会で詩を詠み、琵琶びわ箜篌くごの演奏を楽しんだ。平民は市場の酒肆しゅし雑技ざつぎや歌を観賞し、茶肆さしでは白居易はくきょいらが詩を論じた。胡姫こきの舞は、長安の夜を淫靡いんびに彩り、詩人や貴族の心を奪った。


 805年の長安の朝、貴族女性の日常を想像してみよう。絹の抹胸まつきょうを身に着け、雲模様の刺繍ししゅうが施された青い襦裙じゅくんを重ねる。腰には金糸きんしの帯を結び、歩揺ほようかんざしを髪に挿す。胡床こしょうに座り、くんを広げて姿勢を正し、茶を啜りながら庭の梅を眺める。侍女じじょあさふんどしを整え、外套がいとうを用意する。遠く市場の喧騒けんそうが聞こえ、胡商こしょうの叫び声や馬車の音が響く。婦人は詩箋しせんに筆を走らせ、今日の宴の詩を考える。この一瞬に、長安の華やかさと多文化の融合が凝縮されている。服飾、座り方、日常の細部に、唐代の国際都市の息吹が宿る。



 805年の長安の風俗は、漢族かんぞくの伝統的な儒教的規範と、鮮卑せんひ西域せいいき由来の開放的な文化が融合し、後の宋や明の厳格な礼教社会とは異なる、自由で活気ある様相を呈していた。唐王朝の李氏れいしは、鮮卑せんひ族系の出身説もあり、胡風こふうを積極的に取り入れ、貴族から庶民まで多様な価値観が共存した。長安の街は、胡商こしょうソグドそぐど人、突厥とっけつ吐蕃とばんなどの異民族が集う交易の中心地であり、こうした多文化の交差が風俗の開放性を育んだ。


 男女の交際においては、儒教の礼儀れいぎが基調ながら、酒肆しゅし茶肆さしでの男女の混交が珍しくなかった。貴族女性は歩揺ほようを飾った髪と白粉おしろいで彩られた顔で宴会に出席し、男性と詩や歌を交わした。胡姫こき舞姫まいひめは、淫靡いんびな舞で観客を魅了し、時には詩人や高官と親密な交流を持った。『長編ちょうへん詩』や『唐詩選とうしせん』に見られるように、こうした場面は詩に詠まれ、長安の夜の華やかさを象徴した。庶民の間では、市場での雑技ざつぎや歌謡が男女の出会いの場となり、厳格な婚姻規範に縛られない自由な交流が見られた。


 祭事や年中行事も風俗の重要な要素だった。正月の元日がんじつには、貴族も庶民も灯籠とうろうを掲げ、龍舞りゅうまい獅子舞ししまいを楽しんだ。清明節せいめいせつでは、墓参りとともに野外での宴が開かれ、男女が胡床こしょうむしろに座って酒を酌み交わした。こうした行事では、漢族かんぞくの伝統と西域せいいきの影響が混ざり合い、胡楽こがくの音色や胡服こふくをまとった若者の姿が街を彩った。女性の化粧や装飾も、白粉おしろいべにだけでなく、西域せいいき由来の香料こうりょうや花の髪飾りが流行し、敦煌とんこう壁画に見られるような鮮やかな色彩が街に溢れた。


 風俗の開放性は、性に関する慣習にも表れた。後代の宋代そうだい明代みんだいでは厳格な貞操ていそう観念が強調されたが、唐代の長安では、貴族女性の再婚や胡姫こきとの交流が比較的許容された。酒肆しゅしでの胡姫こきの舞は、性的な魅力を公然と表現する場であり、白居易はくきょい元稹げんしんの詩にその様子が活写されている。庶民の間でも、市場や祭りでの男女の自由な交流は、漢族かんぞくの伝統的な礼教れいきょうに縛られない気風を反映していた。ただし、貴族階級では、礼儀れいぎや家柄を重んじる結婚が依然として主流であり、李氏れいしの統治下でも儒教じゅきょうの影響は宮廷や高級官僚の間で強く残った。


 長安の風俗は、階級や民族の違いを超えて、交易と文化の交差点としての都市の活気を象徴していた。貴族の宴会、庶民の市場、胡商こしょうの叫び声、胡楽こがくの響きが響き合い、805年の長安は、儒教じゅきょうの枠組みを超えた多文化の息吹に満ちていた。この開放的な風俗は、唐代の国際都市としての長安の魅力であり、詩や絵画に永遠に刻まれた。


805


 805年の長安の朝、貴族女性の日常を想像してみよう。絹の抹胸まつきょうを身に着け、雲模様の刺繍ししゅうが施された青い襦裙じゅくんを重ねる。腰には金糸きんしの帯を結び、歩揺ほようかんざしを髪に挿す。胡床こしょうに座り、くんを広げて姿勢を正し、茶を啜りながら庭の梅を眺める。侍女じじょあさふんどしを整え、外套がいとうを用意する。


 遠く市場の喧騒けんそうが聞こえ、胡商こしょうの叫び声や馬車の音が響く。婦人は詩箋しせんに筆を走らせ、今日の宴の詩を考える。この一瞬に、長安の華やかさと多文化の融合が凝縮されている。服飾、座り方、風俗、日常の細部に、唐代の国際都市の息吹が宿る。


 一方、長安の街路では、別の朝の光景が繰り広げられる。東市近くのぼうに住む遊び女たちは、市場のにぎわいを利用して客を誘う。


 彼女たちは旗袍チーパオに似た、深いスリットが入った薄絹の衣装をまとい、白いふくよかな太腿を露わに覗かせて田舎者の目を引く。赤や緑の布地が汗で肌に張り付き、陽光の下でほのかに透ける。胡床こしょうに片膝を立てて座り、宮廷の礼儀れいぎとは無縁の奔放な姿勢で、扇子を優雅に振る。


 扇子の動きは、スリットからチラリと覗く秘めやかな場所を隠しつつ、色っぽい視線を投げて男たちを誘惑する。遊び女は扇子で口元を覆い、艶やかな笑みで田舎者をからかう。「お兄さん、うちの絹、触ってみぃ~」と、柔らかな語り口で囁き、市場の喧騒に甘い響きを添える。


 中でも、揚州出身の遊び女は特に目立つ。『揚州瘦馬ようしゅうそうば』(細身で優雅な美人)と呼ばれる遊女で、遊郭の美人の産地として知られる揚州から長安へやってきた者たちだ。彼女たちは酒肆しゅしへと田舎者を誘い、酒と笑顔で有り金を巻き上げる。


 翠蓮すいれんと名乗る揚州の遊女は、赤い旗袍チーパオをまとい、スリットから覗く太腿と茉莉花ジャスミンの香りが漂う扇子で、楚の田舎者を赤面させる。「この香り、うちの肌より甘いか、試してみな~」と笑い、相手の荷物を落とさせるほど魅了する。彼女の隣で、同郷の玉梅ぎょくばいは緑のにしき旗袍チーパオを着て、片膝を立てた胡床こしょうに座り、ソグド商人に「この布より、うちのほうがスパイシーやろ?」と艶っぽく囁く。市場の男たちは、彼女たちの大胆な姿と言葉に心を奪われ、金子を惜しみなく差し出す。



 長安の東市近く、朝の太鼓がぼうの門を開く音で、揚州の遊び女翠蓮すいれんは目を覚ました。薄いあさの寝衣が汗で肌に張り付き、黒髪が絹の寝具に広がっている。彼女は中庭の井戸いどへ裸足で歩き、冷たい水で顔を洗う。茉莉花ジャスミンの香油を首筋に塗り、長い髪をくしで整え、金の歩揺ほようが揺れるかんざしを挿す。「今日もええ男、釣らなあかんわ~」と、京都弁のような柔らかな中国語で呟き、銅鏡に映る自分に微笑む。


 隣の寝台では、同郷の遊び女玉梅ぎょくばいが眠たげに身を起こす。「うぅ、翠蓮すいれん、早すぎやん~」と欠伸あくびしながら、彼女も井戸いど水で顔を洗う。水を手にすくい、口をすすぎ、細い柳の枝を噛んで歯を磨く。枝の先を噛み潰し、柔らかくなった繊維で歯を擦り、塩を指で塗って口を清める。


 この朝の習慣は、長安の女たちが歯を白く保つための知恵だ。続けて、白粉おしろいを薄く塗る。白粉おしろいは米の粉に貝殻の粉を混ぜたもので、肌を明るく見せる。かつては鉛を使った白粉おしろいもあったが、顔が重くなり、体を蝕むと知られ、今は米と貝殻が主流だ。唇にべにを差すと、眠気が消え、艶やかな笑みが浮かぶ。「この白粉おしろい、めっちゃ肌きれいに見えるやん~」と、玉梅ぎょくばいは銅鏡を覗き込む。


 二人の住まいは、長安のぼうに並ぶ下層民の家だ。木の柱に支えられ、壁は土壁どべいの簡素な作りだが、屋根には瓦が葺かれ、雨を防ぐ。下層民の多くは、日干しレンガや土壁どべいの家に住むが、東市の賑わいに近いこのぼうでは、木造に土壁どべいを組み合わせた家が一般的だ。瓦葺きの屋根は、かつてのらんで焼けた跡を隠し、復興の長安を象徴する。


 娼婦の稼ぎで、二人は絹のまく香炉こうろを飾り、簡素な家に彩りを添える。中庭の柳がそよぐ中、彼女たちは胡座あぐらをかいてござござに座り、市場の屋台で買った胡麻団子と粥を食べる。「阿倍の爺さん、昨日も金子きんす持ってきてたわ、ちょろいな~」と翠蓮すいれんが笑えば、玉梅ぎょくばいは「昨日の楚からでてきた田舎者、顔真っ赤でアレ硬うしてたで、めっちゃ可愛かった~」と扇子を振る。二人の笑い声が、朝の長安に響く。


 身支度は、娼婦としての誘惑の第一歩だ。翠蓮すいれんは赤い旗袍チーパオを選ぶ。深いスリットが太腿まで露わに開き、窄袖さくしゅうが腕の白さを際立たせる。玉梅ぎょくばいは緑のにしき旗袍チーパオをまとい、金糸きんしの花模様が陽光にきらめく。唐の女性は通常、抹胸まつきょう誦子じゅしを下着に着るが、彼女たちは下着を一切省略した。客の目を引くためである。


 旗袍チーパオの薄い生地が肌に密着し、汗で濡れると秘部がほのかに透ける。翠蓮すいれん香炉こうろで扇子に茉莉花ジャスミンの香を染み込ませ、振るたびに甘い匂いが漂うよう工夫。玉梅ぎょくばいべにい花を髪に挿し、歩くたびに歩揺ほようがチリンと鳴る。二人は銅鏡の前で白粉おしろいを重ね、眉を柳葉に描き、目を炭で縁取る。べにの唇が微笑めば、長安の男は誰も抗えない。



 正午の東市は、胡椒こしょうや香辛料の匂いと馬車の響きで沸き立つ。ソグドそぐど人の商人が胡椒こしょうやガラス瓶を並べ、ペルシア人の露店では毛織物けおりものが風に揺れる。突厥とっけつの騎馬民族は皮革ひかくのブーツと短い上着で、馬を引いて市場を闊歩する。西域せいいきのトルコ人は、色鮮やかな絹の頭巾をまとい、香料こうりょうや宝石を売り歩く。漢族かんぞくの商人は、ゆったりしたほうを着て、米や絹の取引に忙しい。市場は多色の民族が織りなす喧騒けんそうで、長安の国際性を物語る。翠蓮すいれん玉梅ぎょくばいは、柳の木陰に胡床こしょうを置き、旗袍チーパオのスリットを軽く開いて座る。


 市場には、彼女たちの商売敵も多い。漢族かんぞくの娼婦たちは、伝統的な襦裙じゅくんをまとい、抹胸まつきょうを下着に着て、慎み深く振る舞う。彼女たちは扇子で顔を隠し、詩や歌で客を誘う。「我が君、月下の花はいかが?」と、雅な言葉で貴族の心を掴む。非漢族かんぞくの娼婦、特にソグドそぐど人の女たちは、透ける絹の胡服こふくをまとい、腰を振る舞踊ぶようで客を惹く。


 彼女たちの衣装は、窄袖さくしゅうと短いくんで、足首に鈴を付け、踊るたびにチリチリと音を立てる。突厥とっけつの娼婦は、皮革ひかく靴袴くつばかまに、横を切り開いたスリットを入れ、大胆に太腿を見せる。彼女たちは馬に乗り、鞭を振って客をからかい、「我が馬に乗ってみぬか?」と笑う。


 翠蓮すいれんの赤いは汗で太腿に張り付き、秘部が濡れた花弁のように見え隠れ。彼女は扇子を緩やかに振り、「なぁ、お兄さん、この絹、うちの肌より滑らかやろ?触ってみぃ~」と、豪商に京都弁風に囁く。扇子の香料こうりょうが漂い、秘部を隠す仕草が逆に男の視線を絡め取る。豪商は荷物を落とし、目を離せない。


 玉梅ぎょくばいは緑の旗袍チーパオで、膝を軽く開いて胡床こしょうに座る。スリットから覗く太腿に、愛液が一筋、陽光に光る。「ほら、この香辛料こうしんりょう、うちの匂いとどっちがスパイシーやろ、試してみぃ~」と、ソグドそぐど人に笑いかける。扇子で口元を覆う仕草は、秘めた誘惑を際立たせる。


 市場の喧騒けんそうの中、二人は胡床こしょうに座り、旗袍チーパオのスリットを武器に、貴族、商人、僧を次々と誘惑する。胡座あぐらをかく商人には、膝に触れながら囁き、胡床こしょうに正座する官僚には、詩のような言葉で心を蕩かす。彼女たちの旗袍チーパオは、長安の襦裙じゅくん胡服こふくとは異なる異端の美で、男たちの欲望を一瞬で掴む。


 だが、市場の片隅で、突厥とっけつの娼婦が現れる。彼女は皮革ひかく靴袴くつばかまに、横を切り開いたスリットを入れ、太腿を大胆に露わにする。馬に跨り、鞭を手に、「我が馬に乗るか、かんの男!」と豪商をからかう。豪商が彼女に目を奪われ、翠蓮すいれん玉梅ぎょくばい胡床こしょうから離れる。「なんや、あの女、うちの客取る気やん!」と翠蓮すいれんが扇子を握りしめ、立ち上がる。玉梅ぎょくばいも「ほんま、ずるいわ、あのズボンの切り方!負けられへん!」と旗袍チーパオすそを翻す。


 二人は突厥とっけつの女に近づき、「なぁ、あんた、うちの客に手ぇ出すんやめたら?~」と翠蓮すいれんが京都弁風に詰め寄る。突厥とっけつの女は鞭を振り、「かんの女が、我に勝てると思うか!」と笑う。市場の群衆が集まり、喧嘩を見物する中、玉梅ぎょくばいが扇子で女の鞭を叩き落とし、「この長安、うちらが一番やで!」と叫ぶ。豪商は慌てて翠蓮すいれん胡床こしょうに戻り、「やはりおぬしらが一番じゃ!」と金子きんすを差し出す。突厥とっけつの女は舌打ちして馬を走らせ、市場の喧騒けんそうに消えた。



 夜の長安は、灯籠とうろうの明かりがぼうを照らし、酒肆しゅし茶肆さしから琵琶びわ箜篌くごの音が漏れ、街を淫靡いんびな雰囲気に染める。東市の酒肆しゅしは、遊び女たちの舞台だ。翠蓮すいれん玉梅ぎょくばい、揚州出身の『揚州瘦馬ようしゅうそうば』は、昼の市場での客引きを終え、夜は酒肆しゅしの絹のまくに囲まれた一角で客を迎える。彼女たちは赤や緑の製の旗袍チーパオをまとい、深いスリットから白い太腿が覗く。汗で濡れた薄絹が肌に張り付き、茉莉花ジャスミン香料こうりょうが漂う扇子を手に、男たちの視線を絡め取る。


 酒肆しゅしの中央には低いたくが置かれ、漢族かんぞくの商人、ソグドそぐどの豪商、突厥とっけつの騎馬民族が胡床こしょうむしろに座って酒を酌み交わす。


 翠蓮すいれんは、楚から来た若い田舎者をターゲットに選ぶ。彼はゆったりしたほうを着た商人で、金子きんすを腰にぶら下げ、酒に赤らんだ顔で琵琶びわの音に聞き入っている。翠蓮すいれん胡床こしょうに片膝を立て、旗袍チーパオのスリットから太腿をちらりと見せ、「お兄さん、こんな夜は酒だけで満足なんか? うちの舞、ちょっと見てみぃ~」と京都弁風に囁く。


 扇子を軽く振ると、茉莉花ジャスミンの香りが彼の鼻をくすぐり、田舎者は盃を落としそうになる。「お、お前さんの舞、どんなんじゃ?」とたどたどしく返す彼に、翠蓮すいれんは扇子で口元を覆い、艶やかな笑みを浮かべる。「見たら忘れられんよ、ほら、こっちおいで~」と手を引き、たくの脇の絹のまくの奥へ誘う。


 まくの奥では、翠蓮すいれん胡姫こき風の舞を披露する。旗袍チーパオすそを軽く翻し、腰を緩やかに振って箜篌くごの音に合わせる。スリットから覗く太腿が灯籠とうろうの光に照らされ、薄絹越しに秘部がほのかに透ける。田舎者は目を丸くし、「こ、これは…!」と息を呑む。


 舞が終わると、翠蓮すいれんは彼の隣に座り、胡床こしょうに膝を寄せて囁く。「なぁ、お兄さん、うちの肌、より滑らかやろ? 触ってみぃ~」と手を太腿に導く。田舎者は顔を真っ赤にし、腰の金子きんすをすべて差し出してしまう。「お前さんにゃ敵わんわ…」と呟きながら、酒肆しゅし喧騒けんそうに紛れて満足げに帰っていく。


 一方、玉梅ぎょくばいソグドそぐどの豪商を相手にしている。豪商は毛織物けおりものの交易で財をなし、香辛料こうしんりょうや宝石を手に長安に来た男だ。玉梅ぎょくばいは緑のにしき旗袍チーパオをまとい、胡床こしょうに腰を下ろし、扇子で髪の歩揺ほようをチリンと鳴らす。「お客さん、ペルシアの宝石より、うちの目の方がキラキラやろ? 見てみぃ~」と笑いかけ、豪商の盃に酒を注ぐ。


 彼女の旗袍チーパオは汗で濡れ、肌に張り付いて体の線を際立たせる。豪商は「こりゃ、ペルシアの絹より魅力的じゃ!」と笑い、金子きんすを積んだ袋を差し出す。玉梅ぎょくばいは扇子で口元を隠し、「ほな、もっとええもん見せたるわ~」とまくの奥へ誘い、胡楽こがくに合わせた舞で彼を魅了する。舞の後、彼女は豪商の膝に軽く手を置き、「この夜、うちと一緒に過ごしたら、商売ももっと繁盛するで~」と囁く。豪商は目を輝かせ、さらなる金子きんすを彼女に渡す。


 酒肆しゅしの夜は、遊び女たちの競争も激しい。漢族かんぞくの遊女は、襦裙じゅくんをまとい、抹胸まつきょうの下に慎み深く振る舞い、詩や歌で客を惹きつける。「君子の心、月光のごとく清らか。共に詩を詠まんか?」と雅な言葉で貴族を誘う。


 ソグドそぐど胡姫こきは、透ける胡服こふくで腰を振る舞を披露し、鈴の音を響かせて客を魅了する。突厥とっけつの遊女は、皮革ひかく靴袴くつばかまに大胆なスリットを入れ、馬の鞭を手に「我が舞を見よ、かんの男!」と高らかに笑う。


 翠蓮すいれん玉梅ぎょくばいは、旗袍チーパオの異端の美と京都弁風の軽妙な語り口で対抗する。翠蓮すいれん箜篌くごの音に合わせて扇子を振り、「この長安、うちの舞が一番やで!」と客を引き寄せる。玉梅ぎょくばい琵琶びわの調べに合わせ、旗袍チーパオのスリットを軽く開き、「この夜、うちの笑顔忘れられんよ~」と囁く。酒肆しゅし灯籠とうろうの下、彼女たちの誘惑は長安の夜を熱く燃やす。


 夜が更けると、酒肆しゅしの客は酒と遊び女の魅力に酔い、金子きんすを惜しみなく使う。翠蓮すいれん玉梅ぎょくばいは、まくの奥で客と酒を酌み交わし、笑い声と胡楽こがくが響き合う。田舎者は彼女たちの甘い言葉に心を奪われ、豪商は財を投じて一夜の夢を買う。


 漢族かんぞくの貴族は、白居易はくきょいのような詩を詠みながら、翠蓮すいれんの舞に心を奪われる。「この夜の美、詩に詠まずば惜しい」と呟き、詩箋しせんに筆を走らせる。酒肆しゅしの喧騒は、突厥とっけつの馬の嘶きやソグドそぐどの商人の笑い声と混ざり合い、長安の夜を淫靡いんびに彩る。翠蓮すいれん玉梅ぎょくばいは、旗袍チーパオのスリットと扇子の香りで客を次々と魅了し、夜の長安を彼女たちの舞台となった。

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