唐長安の低級・高級娼館の閨房の様子

※これは、自分で調べたら3日はかかったと思う。こういう調査は、AIは実に便利だが、プロンプトでもわかるように、「新編 長安変奏曲」の内容を熟知していて、創作の内容を学習しているAIでなければ、この結果はでないはずだ。さらに、AIに尋ねている私が、古代中国の歴史を熟知していなければ、通り一遍の回答しか返ってこないことをご理解いただきたい。


AI


 800年頃の唐の長安の低級な娼館(醉月楼の小梅、紅花楼の小蘭が務めているような娼館)の閨房と高級な娼館の閨房(花月楼の瑠璃るり莎麗されいあおいが務めているような娼館)の様子を史実を調査して、創作も含めて描写せよ。例えば、閨房と閨房の仕切りは壁であったのか、それとも絹のカーテンで仕切って隣の様子がダダ漏れだったのかとか。調度品の様子、ベッドの作りなどなど。


Grok



 800年頃の唐の長安、特に平康坊(北里、Beili、Pingkang ward)は、唐代の娼館文化の中心地として知られていました。史料として、孫琦(Sun Qi)の『北里志(Beili Zhi)』が重要で、この書は9世紀後半の長安の娼館生活を詳細に描いたものです。


『北里志』によると、平康坊は三曲(三つの廓)に分かれ、北曲が高級(花月楼の瑠璃るり莎麗されいあおいが務めているような娼館)、中曲が中級、南曲が低級娼館(醉月楼の小梅、紅花楼の小蘭が務めているような娼館)が集中する構造でした。


 高級娼館は教養ある妓女が詩歌や音楽で客をもてなし、低級は単純な売春が主で、社会階級の差が反映されていました。


 以下では、史実に基づきつつ、創作的に描写します。構造、仕切り、調度品、ベッドなどについて、低級(例: 醉月楼の小梅、紅花楼の小蘭のような)と高級(例: 花月楼の瑠璃るり莎麗されいあおいのような)の違いを強調します。


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 低級娼館は、南曲の狭い巷に密集し、貧しい商人や兵士、労働者が主な客層でした。『北里志』では、低級の妓女は「粗末な環境」で働き、仮母(管理人)の厳しい監視下にあり、打たれたり罰せられる描写があります。構造は実用的で、プライバシーはほとんどなく、娼館全体が一棟の木造建物に複数の部屋を詰め込んだ形でした。



 閨房は狭く(約2-3坪)、建物の2階や裏手にあり、隣室との仕切りは薄い竹屏風や粗い布のカーテン(帷帳)が主。壁はほとんどなく、絹ではなく麻や綿の安い布で仕切られ、隣の部屋の声や影がダダ漏れでした。


 史実として、唐の低級娼館はプライバシーを重視せず、客の回転を優先。『北里志』に類似の記述があり、低級では仮母が部屋を覗き見るため、カーテンは簡単に開けられるものだったと推測されます。創作的に描写すると、夜の闇に提灯の光が漏れ、隣から喘ぎ声や笑い声が聞こえ、客は興奮するが、妓女は疲労を隠せない雰囲気。


調


 調度品は簡素で、唐の庶民家並み。竹の卓子(テーブル)や粗い陶器の香炉、客の酒を注ぐための簡易な青磁の盃のみ。壁には何もなく、床下に小箱で衣類を収納。香りは安い沈香の代わりに、粗悪な夜香木や単なる油灯の煙。創作的に、部屋は埃っぽく、床の近くに水盆(洗面器)があり、客の汗や体液を拭くための粗布が散らばる。低級のため、調度品は壊れやすく、仮母が節約のため修理を繰り返す。



 ベッドは低めの床榻(しょうとう、低い木枠のベッド)または単なる竹席で、唐の庶民用に似ています。枠は粗い木で、マットは綿や藁を詰めた薄い褥子(ふとん)。帷帳はなく、プライバシーはゼロ。史実として、唐の低級娼館では床榻は多機能で、座る・寝る・酒を飲むのに使われ、『北里志』では妓女が客を床榻で接待する描写があります。創作的に、小梅や小蘭のような妓女は、客の体重で軋む床榻に横たわり、薄暗い部屋で機械的に奉仕する。床は清掃が不十分で、前の客の跡が残ることも。


 低級娼館の閨房は、生存のための空間で、創作的に言うと、夜の長安の喧騒が窓から入り、妓女の溜め息と客の粗野な笑いが交錯する。低級の妓女は奴隷出身が多く、自由がなく、部屋は牢獄のようでした。


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 高級娼館は、北曲に位置し、士大夫や商人、文人が訪れ、妓女は教養豊かで、詩歌や舞で客を楽しませました。『北里志』では、高級妓女は仮母を「母」と呼び、家族のように扱われ、客を選ぶ権利があったとされ、打たれる低級とは対照的。構造は豪華で、庭園付きの建物が多く、プライバシーを重視。



 閨房は広く(約4-6坪)、建物の2-3階にあり、隣室との仕切りは厚い絹の帷帳や漆塗りの屏風で、音漏れを防ぎつつ優雅さを演出。壁は一部木造ですが、主に屏風と帷帳で仕切り、客のプライバシーを守る。史実として、『北里志』では高級娼館の部屋は個別で、仮母が外から監視しにくく、隣の様子は漏れないよう設計。


 敦煌壁画や唐の墓出土品から、屏風は螺鈿や金箔で装飾されたものとわかります。創作的に、瑠璃るり莎麗されいの部屋は、絹の帷帳が風に揺れ、隣の囁きは聞こえず、客は詩を吟じながら親密に過ごす。あおいのような新人妓女の部屋は少し簡素だが、屏風で隠された秘密の空間。


調


 調度品は贅沢で、螺鈿の屏風、漆塗りの卓子、金銀の香炉、青磁や白磁の盃が並ぶ。壁には絹の掛け軸や花卉文様の壁紙、床の近くに竪琴や琵琶。香りは高級な沈香や白檀。史実として、唐の高級娼館は梨園(音楽学校)の影響で楽器が多く、『北里志』では妓女が客と酒を酌み交わす描写。創作的に、花月楼の部屋は灯籠の柔らかい光で照らされ、卓子に葡萄酒の瓶と果物が並び、瑠璃るりは金色の鈴を鳴らし、莎麗されいは銅鈴で客を誘う。調度品はペルシアやソグドの輸入品でエキゾチック。



 ベッドは羅漢床(らかんしょう、三面囲いの高級床榻)や帷帳付きの床で、木枠に絹の褥子と枕を置き、帷帳で囲んでプライバシーを確保。唐の影響で、胡床(高いベッド)の原型が見られ、漆塗りや彫刻入り。史実として、『北里志』では高級妓女の床は客と酒を飲む座としても使い、敦煌壁画や墓陶俑から、床榻は絨毯や絹で覆われていた。


 創作的に、あおいの床は柔らかな絹の被りで覆われ、客と詩を交わす場。瑠璃るり莎麗されいの部屋は異国風で、金糸の帷帳が影を優しく包み、蓮華形の香炉から香りが漂う。


 高級娼館の閨房は、文化の温床で、創作的に言うと、瑠璃るりの竪琴の音が帷帳越しに響き、客は風流を味わう。高級妓女は教育を受け、部屋は詩集や楽器で満たされ、低級の生存空間とは対照的でした。

史実の基盤と創作の要素


史実:『北里志』から、三曲の階級分化、仮母の管理、低級の厳しさ、高級の文化性を基に。敦煌壁画や墓出土品から、屏風、床榻、香炉の存在を確認。唐の娼館は唐玄宗の梨園影響で芸術的。

創作:具体的な部屋の雰囲気、音漏れ、瑠璃るりなどのキャラクターを織り交ぜて描写。低級の粗末さ、高級の優雅さを強調し、ダダ漏れの仕切りは低級の特徴として創作的に強調。



 唐の長安、華やかな都の喧騒が静まる頃、北里の平康坊は別の賑わいを見せ始める。灯火が揺らめく娼館の門前で、士大夫や商人が馬を下り、仮母の鋭い視線を受けながら中へ導かれる。唐の時代、娼館は単なる売春の場ではなく、詩歌と音楽が交錯する文化の温床だった。


 妓女たちは、梨園れいえんで磨かれた舞いと歌で客を魅了し、時には詩を交わす恋人のように振る舞った。だが、夜が深まれば、彼女たちの世界はより親密なものへと移る。客と妓女が共にする閨房けいぼうの扉が閉ざされる瞬間から、そこは世俗のしがらみを忘れた小さな宇宙となる。


 閨房けいぼうの構造は、唐の住宅様式を反映しつつ、特別な工夫が施されていた。唐の寝室は一般に開放的で、壁は少なく、丸柱が立ち並ぶ広間を障子—屏風びょうぶ几帳きちょうで仕切ってプライベートな空間を作り出す。


 娼館の閨房けいぼうも同様、母屋の奥に位置し、外周をしとみ帷帳いちょうで囲むことで、外部の目を遮った。昼間は開放され、風が通り抜ける涼やかな場だが、夜は帷帳いちょうを下ろし、柔らかな絹のヴェールが二人の影を優しく包む。


 部屋の中央には、床榻しょうとうと呼ばれる低めのベッドが置かれる。これは単なる寝具ではなく、座って酒を酌み交わしたり、詩を吟じたりするための多機能な家具だ。唐の床榻しょうとうは、胡床こしょうの影響を受け、高さが徐々に増し、胡文化の融合が見て取れる。


 手すりが両側に付き、木製のフレームに絨毯やマットを敷いたもの。現代の布団のように床に直接敷くのではなく、こうしたフレームベッドが主流で、落ちないよう三面を囲んだ羅漢床らかんしょうのような形態も登場し始めていた。


 客は、妓女の細やかな手で導かれ、床榻しょうとうに腰を下ろす。部屋には、蓮華形れんげけいの香炉から立ち上る沈香じんこう白檀びゃくだんの煙が漂い、心地よい眠りを誘う。唐の貴族たちは、寝る前に香を焚く習慣を好み、それは心を落ち着け、邪気を払うと信じられた。妓女は、客の疲れを癒すために、軽く肩を揉み、酒を注ぐ。やがて、二人は帷帳いちょうの内側で寄り添う。


 床榻しょうとうのマットは柔らかく、絹の被りが体を覆う—これは布団に似てはいるが、唐の寝具はより構造的で、ベッドの原型に近い。唐の性文化は開放的で、こうした閨房けいぼうの営みは恥ずべきものではなく、詩人杜牧が詠んだように、楊州の三里の路を彩る風流の一部だった。高級妓女は、教育を受け、客を選ぶ権利さえ持ち、時には真実の恋に落ちることもあった。


 だが、この華やかな夜の裏側には、妓女たちの束縛があった。彼女たちは娼館の女将の管理下で、北里ほくり平康坊へいこうぼう、長安にあった歓楽街で、特に娼館や妓楼ぎろうが集まる地域)から出ることを許されず、毎月の寺参りさえ銭を納めての外出だった。


北里ほくり:唐代の長安は、碁盤目状に区画された「坊」と呼ばれる区域で構成されており、平康坊へいこうぼうはその一つで、娼婦や妓女ぎじょが住み、詩人や士大夫、商人らが訪れる文化と享楽の中心地だった。北里ほくりの名は、この地域が長安の北部に位置することに由来し、詩や文学では妓女ぎじょたちの住む場所を象徴的に表現する言葉として使われた。

 例えば、詩人・杜牧とぼくの「十年一覚揚州夢、赢得青楼薄倖名じゅうねんいっかくようしゅうむ、えいとくせいろうはっこうめい」には、北里ほくり妓女ぎじょとの風流な生活が詠まれている。

 北里ほくり妓女ぎじょは、単なる売春婦ではなく、歌舞や詩作に優れ、教養を備えた女性が多く、客との交流は詩や音楽を通じて深まることもあった。

 娼館の女将は仮母かぼと呼ばれる管理者で妓女ぎじょを統括していた。彼女たちは厳しい規則のもとで生活し、北里ほくりの外に出ることは制限されていた。葵がお使いに出る時や同僚と買い物に北里ほくりの外の場合、娼館の女将から外出証明書を書いてもらった。

参考:『唐才子伝とうさいしでん』、『北里志ほくりし』)


 閨房けいぼうは自由の場のように見えて、実は厳しい階級の産物。唐の娼館は、賤民として扱われた妓女たちの生活の場でもあり、そこで繰り広げられる人間模様は、詩集に残るロマンスと、現実の辛苦が交錯する。朝が来れば、帷帳いちょうが開かれ、床榻しょうとうは再び座の場に戻るのだった。


 青楼せいろうは、娼館しょうかんと同義的に使われる場合があるが、厳密にはニュアンスに違いがあった。娼館しょうかんは、売春を主目的とする施設全般を指し、幅広い階層の客を対象とする。


 一方、青楼せいろうは、より高級で文化的な要素が強く、妓女ぎじょが教養や芸能で客をもてなす場を強調します。唐代の青楼せいろうは、北里ほくりのような特定地域の高級施設を指すことが多く、娼館しょうかんの一部として包含される関係だった。


 例えば、杜牧とぼくの詩に登場する青楼せいろうは、風流な恋や詩歌の場として理想化されているが、実際には売春も行われる商業施設のようなものだった。


 つまり、青楼せいろう娼館しょうかんの一種だが、文化的・芸術的な側面が強い高級な施設を指すことが多く、同義語として使う際は文脈に応じて注意が必要だ。北里ほくり青楼せいろうは、唐の文化を象徴する場所として、単なる娼館しょうかんを超えた存在感を持っていた。


 青楼せいろうもかつての京都の祇園ぎおん置屋おきやも、単なる売春の場を超えた文化的な社交場としての機能を持っていた。唐の青楼せいろうでは、妓女ぎじょが詩作、音楽、舞踊に優れ、士大夫したふや詩人たちと教養を競い合う場だった。同様に、祇園ぎおん置屋おきやでは、芸妓が三味線、舞、日本舞踊、茶道などの芸を披露し、客との会話や宴を彩る。両者とも、芸能を通じて高級な社交空間を提供する点では共通している。


 青楼せいろうでは、仮母かぼと呼ばれる管理者が妓女ぎじょを統括し、芸の指導や生活管理を行った。祇園ぎおん置屋おきやでも、女将が芸妓や舞妓を養育し、芸の稽古や礼儀作法を厳しく指導している。両者とも、女性が特定の役割を果たすために教育され、組織的な管理下に置かれる点で似ている。


 売春の位置づけの点で、青楼せいろうは、文化的側面が強いとはいえ、売春が主要な機能の一つだった。妓女ぎじょは客と閨房けいぼうで親密な時間を過ごし、それが収入源の一部だった。


 一方、祇園ぎおん置屋おきやでは、現代の芸妓は売春を公式には行わず、芸能と接客に専念する。かつての置屋おきやと現代の置屋おきやは違う。しかし、江戸時代の一部の花街では遊女ゆうじょと芸妓の境界が曖昧だった。現代の祇園ぎおんの芸妓は特に芸能に特化し、置屋おきやは芸の提供を主目的としている。


 そして、唐の妓女ぎじょは、賤民せんみんとして扱われ、仮母かぼの管理下で北里ほくりからの外出も制限されるなど、自由が大きく制約されていた。対して、祇園ぎおんの芸妓は、厳しい修行を積むものの、現代では自らの意思で花街に入り、独立して活動する者もいる。江戸時代でも、芸妓は遊女ゆうじょより高い地位を持ち、契約に基づく自由度が比較的高かった。


 青楼せいろう閨房けいぼうは、床榻しょうとう帷帳いちょうを備えた私的な空間で、親密な行為を前提とした設計だった。祇園ぎおん置屋おきやお茶屋ちゃやは、宴席用の座敷が中心で、芸妓が舞や三味線を披露する公開の場が主だ。閨房けいぼうのような私的空間は、現代の祇園ぎおんでは通常想定されていない。


Gemini


 800年頃の唐代長安、特に歓楽街として名高い平康坊には、様々な階層の客をもてなす娼館がひしめいていた。その閨房の様子は、そこで働く女性たちの身分や客層、そしてその館の格付けを雄弁に物語っていた。遊女ゆうじょたちの生きた世界は、薄暗い低級な部屋から、絢爛豪華な部屋に至るまで、驚くほどの対比を見せている。


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 平康坊の裏通りにひっそりと佇む醉月楼や紅花楼のような低級な娼館の閨房は、簡素にして機能的であった。間口の狭い建物に部屋がひしめき、その多くは薄い木板や、竹を編んだ壁で仕切られていた。そのため、隣の部屋で起こる話し声や笑い声、男女の営みの音は筒抜けであり、閨房にプライバシーという概念はほとんど存在しなかった。


 部屋の中央には、簡素な木製の床几しょうぎが置かれ、その上に藁と布を重ねただけの簡素な寝台が作られていた。壁には、安物の画や、色褪せた詩が書かれた紙が貼られ、わずかな装飾となっていた。床には土が剥き出しになっていることも珍しくなく、わずかに湿った空気が漂っていた。照明は煤で薄汚れた油灯がひとつあるだけで、その揺らめく光が部屋全体を薄暗く照らしている。調度品といえば、安物の酒壺が乗せられた小さな卓と、陶器の杯がいくつかある程度であった。


 ここに務める妓女ぎじょ、例えば小梅や小蘭たちは、その日暮らしの生活を送り、客の相手を終えると、疲れた体を横たえるだけであった。部屋には、安い酒の匂いと、油灯の煤、そして様々な人々の体臭が混じり合い、濃厚な匂いを放っていた。彼女たちの閨房は、夜毎の快楽の場であると同時に、長安の底辺に生きる女性たちの、ささやかな生活空間であったのだ。


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低級な娼館の部屋は、当時の庶民の住居に近い、簡素な造りだったと考えられます。


木の板や竹で編んだ薄い壁で仕切られており、隣の声や物音が聞こえていたと想像されます。

簡素な木製の台に藁や布を重ねただけのものが多かったでしょう。

調

陶器の酒器や油灯、小さな卓など、必要最低限のものが置かれていたと考えられます。

湿気が多く、薄暗い部屋で、プライバシーはほとんどない空間だったと推測されます。


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 一方、平康坊の表通りに堂々と門を構える花月楼のような高級な娼館の閨房は、まるで小さな宮殿のようであった。一歩足を踏み入れると、そこは別世界である。部屋は漆喰の壁でしっかりと仕切られ、隣の部屋の気配はほとんど感じられない。壁には精巧な絵画が掛けられ、螺鈿細工の美しい鏡台が置かれていた。


 寝台は、堅牢な木材で作られ、華麗な彫刻が施されていた。その上には、幾重にも重ねられた上等な絹の寝具が敷かれ、客と妓女ぎじょの体を優しく包み込んだ。寝台の周囲には、贅沢な刺繍が施された絹の帳幔とばりが吊るされ、外部からの視線を遮ると同時に、幻想的な雰囲気を醸し出している。部屋の中央には、美しい唐三彩の香炉が置かれ、伽羅や沈香といった高価な香りが常に焚かれ、部屋全体を上品な香りで満たしていた。


 花月楼の看板妓女かんばんぎじょである瑠璃るり莎麗されいあおいといった女性たちの部屋には、貴重な書物や高価な楽器が置かれていることもあった。彼女たちの多くは、詩歌や書画、音楽の才に長けており、客との会話も知的で洗練されていたからだ。夜の宴を終えた客は、このような閨房で、妓女たちとの親密な時間を過ごした。


 高級な娼館の閨房は、単なる快楽の場ではなかった。それは、唐代の富裕層や高官が、芸術、教養、そして洗練された人間関係を享受するための社交空間でもあったのだ。低級な娼館の閨房が、人間の欲望を赤裸々に映し出す鏡だとしたら、高級な妓楼の閨房は、長安の夜が持つ文化的な豊かさと、その階級社会の頂点を象徴する舞台であった。


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高級な娼館の閨房は、当時の貴族の邸宅のように豪華な内装だったと想像できます。


漆喰などで塗られた頑丈な壁で仕切られ、プライバシーが保たれていたでしょう。

彫刻が施された木製のベッドに、何重にも重ねられた上質な絹の寝具が使われていました。贅沢な刺繍が施された絹の帳幔(とばり)で覆われていた可能性もあります。

調

螺鈿細工が施された鏡台や、精巧な絵画、高価な香炉などが置かれていたと考えられます。

伽羅や沈香といった高価な香が焚かれ、知的で洗練された雰囲気が漂う空間だったと推測されます。

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