第3話 プレゼンが如く

今日は月曜日、部長の前に営業課社員一同整列していた。うちの会社では今時珍しく社訓昌和が行われている。

 部長「強欲建設社訓、ひとーつ」

 社員一同「とれる仕事は全部とれ」

 部長「ひとーつ」

 社員一同「とれない仕事もとりに行け」

 部長「ひとーつ」

 社員一同「赤字覚悟でとりに行け」

 社訓昌和は月曜日の朝だけだが、このご時世にこんなことしているのは、うちの会社ぐらいでは?だいたい部長の「ひとつ」の言い方まずいぜ。パワハラで訴えられてしまえ。

 社訓昌和の内容もなかなかだ。ジャイアンの「お前のものは俺の物」も入ってきそうな勢いだ。


 社訓昌和を終えた後、午後のプレゼンの打ち合わせをするために、部下の大野佳喜と小会議室で合流した。

 大野は入社5年目だがかなり優秀な部下だ。将来は俺を超え、出世していくだろう。だがまだ今は俺の部下だ。馬車馬のように俺の仕事をこなすんだ。

 今日のプレゼンには営業課、経営課、工事部、積算部、設計部などの部長クラスから、会社の役員のお偉いさん方まで参加する。俺からしたら絶対に失敗できないプレゼンなのだ。

 今日のプレゼン用の資料は大野が全て1人で作った。先週目は通したが完璧な資料だった。この資料を作ために、大野が残業や、休日出勤までしているのを俺は知っている。

 俺はお偉いさん方の前で、さも俺がすべての資料を作ったかのようにプレゼンする予定だ。おまえの出る幕はないんだ。わかるか大野これが現実だ。俺という上司を持ったおまえの不幸を恨むんだな。

 突然ミトシュンは大野を指差し、笑い始めた。

「だーっははは。だーっははは」

「ミトさんどうかしたんですか?」

(やばい心の声でおさまらなかった)

「先週目は通したが、細かいポイントや注意点なんかを教えてくれ」

 大野が説明を始めた。実にわかりやすい。プレゼンの時だけ俺とすり替わってほしいぐらいだ。


 大野と1時間程打ち合わせをした後、溜まってきている経費を精算することにした。溜まっていた領収書を封筒から出し、領収書の金額を電卓で弾き、精算用紙に記入して、領収書をダブルクリップで挟み、再び封筒に戻して経理課へ向かった。経理課へ行く時は心が弾む。うちの会社のマドンナ。言い方古いか。今はテイラー・スィフトあたりか。うちの会社のテイラー、秋山めいちゃんがいるからだ。

 ちなみに俺の同期で俺が大嫌いな西尾麻衣という女も経理課にいる。この女言いたいことをズケズケ言ってくるタイプだ。夏の暑い日に外で、西尾とめいちゃんが歩いてた。俺の方に2人が来て、西尾がなんの感情もないような表情で言った。

「こんな日にベストとか暑くないの?」

(暑いにきまってんだろ。カッコイイと思ってるからつけてんだよ)

 たまに同じことを言われるから気にしないが、横にいためいちゃんが苦笑いしていたのを、俺は孫の代まで許さないぞ。

 西尾とめいちゃんは、社歴はめいちゃんが1個下だが、仲がとてもいいのだ。


 経費の処理や,文房具の貸し出し、残業の申請などを受け付ける席に、めいちゃんか、西尾のどちらかがほぼ2分の1の確率でいる。

(今日は大事のプレゼンがある日なんだ。今日の幸運全てをめいちゃんにかけるぜ)

(ベッド、めいちゃん!)

 気合いを入れて経理課の扉を開けた。

(どうだ・・!)

「シャー!コラー!」めいちゃんが見えた。

 経理課にミトシュンの声が響いた。

 近くにいた西尾が迷惑そうな顔で出てきた。

「何叫んでんの?」

「うるさい。今日だけは出てこないでくれ」

「何それ?」面白くない面持ちで西尾は去って行った。

 経費の入った袋をめいちゃんに渡した。

「よろしく」

「今日プレゼンなんですよね。頑張って下さい」最後ににっこり笑顔が見えた。

(なんて可愛いんだ。でもなんでプレゼンのこと知ってるんだ?)

「ありがとう!なんでプレゼンのこと知ってるの?」

「大野君が最近残業の申請多いから、なんでって聞いたら、水戸部さんとの今日のプレゼン資料作りで忙しいって言ってた」

(俺が何も手伝わないこととか言ってないだろうな)

「頑張ります!」めいちゃんに拳を見せ、経理課を出た。

(いいプレゼンが出来そうだぜ。めいちゃんにも応援されたし)


 昼食をとり終えた。後30分ぐらいで、プレゼンの14時だ。

 大野と2人で会議室の机や椅子のセッティング、資料の配布などプレゼンの準備をした。

 ミトシュンにはこのプレゼンに対する作戦

があった。その作戦は資料の不備の指摘や、難しい問題点などがあった時だけ大野に答えさせる、という作戦だ。

(完璧だぜ。俺の社内評価向上のためだけにおまえはいればいいんだ、大野)

 14時5分前あたりから、部長や、お偉いさん達が入ってきた。

 今日のプレゼンは、総工費50億ほどの商業施設の工事に関するプレゼンだ。

(さあ、ショータイムの始まりだ)


「では時間になりましたので、大宮フォレストタウンの改修工事に関するプレゼンテーションを始めます。まず資料1のデザインコンセプトを説明させていただきます」

 横では大野がホワイトボードに配布した資料の拡大版を貼り付けていく。

(そうだ、大野、おまえにはホワイトボードに資料を、貼り付けてる黒子のような役がお似合いだ。はは)

「デザインコンセプトは、SDGSを意識した森をデザインに盛り込んだ快適空間です。環境に配慮することと、森をイメージすることで、周辺住民や、買い物に来ていただくお客様に対して、優しく、居心地のいい施設であることをアピールいたします」

(お、お偉いさん方頷いているな。よく出来た資料の発表は気持ちいいぜ。ほら黒子、次は資料2だ)

「資料2は工程に関してです。デザインに3ヶ月、積算1.5ヶ月、工事1年程を予定しております。と続けた・・・」

資料2の説明が終わると工事部の部長より、工事1年は期間を取りすぎではないか?と指摘された。ミトシュンは少し考え、大野に任せることにした。

「大野」

ミトシュンは、当然大野が答えるべき内容であるかのような雰囲気を醸し出して、大野を呼んだ。

「はい。説明させていただきます。働き方改革から続く確実な週1回の休みを実現することと、海外生産の設備用の部材で、入ってくるのに時間がかかる物が増えているという現状をふまえ、工事期間はやや長めに設定させていただきした」

工事部の部長も反論などせず納得していた。

(大野とりあえずは100点の説明だな。次はどんな指摘がくるか楽しみだな)

「資料5の設備更新に関して説明させていただきます。設備の更新に関しては、空調、吸排機器に関しては既存のままといたします」 

 また工事部の部長より、天井を解体するのだから、設備更新をするなら、このタイミングでした方がいいという提案を施設側としたのかという指摘がきた。

(施設側とのやりとりは、全部俺がしている。大野に振ってみるのも面白そうだ)

「大野」

「説明させていただきます。積算の予算計上をした段階で、これ以上の予算は見込めない。というお話しでしたので、施設側には提案する必要はないかと思っております」

(ほほぉ。これも返すか、大野)

「補足させていただきます。施設側には設備更新の話は、計画の早い段階でしており、今回は設備更新なしという方向で進めてまいりました」

(俺の方が賢そうに見えるだろう。はは)

 そんな形でプレゼンは進行して行き、ほぼミスもなく完璧なプレゼンが終了した。

「ミトさん完璧でしたね。さすがです」大野が緊張から解放され、楽しげに話かけてきた。

(まぁ、資料は全部おまえが作ったけどな)


 いいプレゼンができた余韻に浸っていると、携帯に連絡がきた。西尾からだ。

「もしもし」

「あんた経費の金額間違えてるわよ」西尾のぶっきらぼうな声が聞こえる。

「そんな訳ないと思うけど」俺ももそんなことで電話してくるなよという雰囲気で話す。

「間違えてるから連絡してんだけど」西尾は少し怒り気味の口調になった。

「今から経理課に行くは」俺も負け時と少し強めの口調で返した。

(首洗って待ってろ)とミトシュンは思っていた。

 ミトシュンはめいちゃんにアホだと思われたくないから、経費の計算は3回するようにしているのだ。間違うわけがないと思っていた。


 経理課の扉を開けると西尾がいた。

「電卓貸してあげるから計算してみたら」と言いミトシュンに封筒を渡した。

 ミトシュンは封筒を開け、ダブルクリップをとき、もう一度計算してみた。電卓で弾くと14780円。提出した経費精算用紙は14780円。

(あってんじゃねーか)

「あってんじゃねーかよ」西尾に強い口調で言い放った。

「違うだろーが。どこ見てんだてめーわ」そう言うと、西尾は封筒を逆さにして振り出した。パラっと小さい紙が出てきた。パーキングメーターの300円の領収書が出てきた。

(ということは、わざわざ同じ状態に戻して、俺が同じ過ちをおかすことを予想していたんだな。なんて嫌な女なんだ)

「詫びろ。詫びろ。詫びろー」

(半澤直樹できたか)

 騒ぎをかきつけ、めいちゃんと他の経理も出てきた。ミトシュンも半澤直樹風に謝ろうとしていた。

「うああぁー」自分で頭を押さえ、頭を下げたくない自分と、頭を無理矢理下げさせる人がいるような芝居もした。頭を下げさせる方が勝つと、こう言った。

「私は経費を、うあぁー。300円も間違えて、うう。しまい・ま・し・た。申し訳ありません」

「2度とすんじゃねーぞ」西尾は勝ち誇ったようにミトシュンに言った。

「はい。失礼いたします」ミトシュンは経理課の扉を静かに閉めた。

(西尾めー。覚えてろよ)


 その夜、家でくつろいでいると携帯からラインのメッセージ音がした。

「ピロン」グループラインのキャンプというグループができていた。メンバーはこの前の合コンのメンバーだ。

 後藤「どうも。この前は楽しかったね!また同じメンバーでキャンプ行きたいね、という話になり、企画させてもらってます。10月の19日、20日でキャンプに行きます。みんな行けるって返事だけど、ミトシュンはどう?」

 モモ「ただのキャンプじゃないよ。ハロウィンキャンプだよ!」

(なにー!あの可愛い女の子達のコスプレが見れんのか!行きたすぎる。でもそのあたり仕事めちゃくちゃ忙しくそうだな。でも行くぜ。仕事なんて大野に任せてしまえ。後藤や大場づたいで、大野の耳に入ったらさすがに怒るか。まぁそんな時は号泣議員のモノマネでもしてやるさ)

 ミトシュンはゴリラのスタンプで『行ける』と返事した。


 ミトシュンはバッグから手帳を取り出し、ペリカンの万年筆でキャンプの日を記入した。

 ミトシュンは万年筆で手帳に記入するのに優越感を覚えている。仕事ができそうな男に感じるからだ。


(ハロウィン、もうそんな時期か。うちの会社の決算も近いな)

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