第5章「すれ違う想い」
最近の美咲は、自分でも分かるほど、落ち着きがなかった。
朝、教室に入ると、まずスマートフォンを確認する。
メールは、まだ来ていない。
それだけで、胸の奥が少し沈む。
(……期待してるんだ)
認めた瞬間、頬が熱くなった。
顔も知らない相手に。
声すら聞いたことのない相手に。
「おはよ、桜井」
不意に声をかけられ、肩が跳ねる。
振り向くと、高橋颯が立っていた。
「お、おはよう」
颯はいつもと変わらない笑顔だった。
けれど、美咲の心臓は、なぜか少しだけ早く打った。
(……どうして)
理由は分かっている。
“疑ってしまった”からだ。
この人が、あのメールの相手かもしれない。
そんな考えが一度芽生えてしまうと、何気ない会話さえ意味を持ってしまう。
「桜井さ、最近ちょっと疲れてない?」
その言葉に、息が止まった。
――また、同じだ。
メールの中の言葉と、重なる。
美咲は視線を逸らし、小さく笑った。
「そ、そんなことないよ」
嘘だった。
でも、真実を言う勇気はなかった。
昼休み、未来と並んでパンを食べながら、美咲はぼんやりと校庭を見ていた。
「ねぇ、美咲」
未来が、いつもより少し真剣な声で言う。
「最近、颯とよく話してない?」
「えっ……」
「別にいいんだけどさ。あの人、ちょっと分かりやすいから」
分かりやすい?
その言葉が、胸に引っかかる。
「……どういう意味?」
未来は肩をすくめた。
「桜井のこと、気にしてるって意味」
美咲の心臓が、大きく跳ねた。
(そんなはず、ない)
そう思いたいのに、颯の視線や言葉が、頭の中で何度も再生される。
放課後。
廊下を歩いていると、颯が後ろから追いついてきた。
「桜井、今日部活ないんだよね? 一緒に帰らない?」
夕暮れの光が、床に長い影を落としている。
この時間帯は、いつもメールが届く頃だ。
(……どうしよう)
一緒に帰れば、颯のことをもっと知ってしまう。
でも、断る理由も見つからない。
「……うん」
二人で並んで歩く帰り道。
会話は、たわいもないことばかりだった。
授業のこと、テストのこと、部活のこと。
それなのに、美咲の胸は落ち着かなかった。
(もし、この人だったら)
横顔を見る。
夕焼けに染まる颯の表情は、優しくて、少しだけ大人びて見えた。
その夜。
美咲のスマートフォンが、静かに震えた。
今日、誰かと一緒でしたね。
画面を見た瞬間、血の気が引いた。
(……どうして)
楽しそうで、少し安心しました。
安心?
どうして、そんなことを言うの。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
颯と歩いた時間が、急に後ろめたいものに変わる。
気にしすぎないでください。
続けて届いたその一文に、美咲は唇を噛んだ。
(気にしてるのは……あなたじゃない)
颯の想い。
メールの相手の想い。
そして、自分の気持ち。
どれもが絡み合って、整理がつかない。
布団の中で、美咲は天井を見つめた。
胸の奥が、じんじんと痛む。
誰かを好きになるって、
こんなに苦しくて、
こんなに優しいものだっただろうか。
「……私、どうしたいんだろう」
答えは、まだ見えない。
ただ一つ確かなのは――
すれ違いは、もう始まってしまっているということだった。
知らないメールに恋をした 春馬 @haruma888340
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